つづき

July 11th, 2012

快&楽が続く人生→そのための都市と産業の分散構造→それを担保する価値観や夫婦関係という、だいぶ無理のある話の流れで恐縮ですが・・(しかも深く検証とかしていないので割とゆるいという。。)

まあともかく、社会の自由度が上がると「なんか私たち、生き方がいつも一致するわけじゃないね」っていうことは増えていき、離婚圧力は上がる。ならば「夫婦が一生一緒」が基本であるという現代の常識が果たして今後もベストなのか?という話がつい出てきてしまう。

かつてはお見合いや親の指示で結婚した人も多く、それでけっこう安泰に夫婦関係が長続きしたりしていた。それは社会的な制約が強かったからでもあるわけだが、その制約とセットでそこに幸せなかたちがあった。しかし現代社会というやつは、そういう制約から離れようとしてきた。テレビをつくり電話や車をつくったように、人間は自由度や効率や快楽を求めて変化してきた。技術の進化や民主主義の進化や個人の自由の尊重や女性の社会的地位の進化などなどが、そういう制約を徐々に解き放っている。昔のような拘束あってこその幸せはもうワークしない。

僕が思うに人生のモード選択の自由度が上がることはよいことで、それを前提に、夫婦関係も流動性ベースにふった方がいいのではないか。自分の周りのデキる女たちは「結婚ってマストじゃないんですよね、ほんとに」と考えている人は明らかに増えている。その彼女らも、人間の本能として子供を生みたいという気持ちはあるはずだが、結婚関係の固定化には本質的な意味を感じにくく、縛りがデメリットになるというわけだ。結果、少子化へ向かう。これはよくない。

ここにも答えは間にある。近いものではフランスのパックス制度(準結婚、的な制度。続いてもいい試用期間みたいな感じ)がものすごく受け入れられ、それで子供がたくさん生まれているというのを見れば明らかに思える。一生続けるも幸せ、違いがでてきたらそれぞれの幸せのために前向きに分かれるのもよし、という流動的なかたちが当たり前になれば、倫理的問題はおこらないと思う。もちろん子供が小さいうちは一緒にいてあげよーねという常識感覚やルールはあった方がいいけど、無言夫婦や浮気両親のもとにいるくらいなら一旦ポジティブに解散しようという感覚もあっていい。そのようにふってしまうと意外と今より長続きしたりする気もする(正確には、長続きするマッチングが生じる機会が増える)。で、自分はどうかというと、一生コミット型でいこうとは思ってるけど、強いて言えばパックス的なかたちを自分たちに合ったかたちでカスタマイズするのがいいのかもという感覚。

で、ぎゅーんと話を戻しますと・・
地方の町が健全に維持されて、中心都市もウツ的でない、という状況になるには、政策や政治構造だけじゃなくて、生き方の常識とか、共有するマインドが変わる必要がある。新しいあり方を実践する大企業を国がサポートするのも重要だし、社会的な流動性を上げる仕組みも必要だし、「間」の夫婦制度もあるべきだし、同時に、地方の魅力を実践的に発信する若者のメッセージや、それを皆が共有していくことも大事だと思う。
もう都市計画は地図を描くようなことをする時代じゃないけど、かといってコミュニティ論だけでも政策論だけでもなく、社会システムや価値観の、統合的なビジョン論にならざるを得ない。いろんな視点、分野の人がお互いある程度全体感を共有しながら、多様性を肯定しながら組み立てていく。

僕はもっと都市や地域の色々な幸せなあり方を理解できないといかんなと思いつつ、そんな終わりのない(リアリティすらない?)うんちくをいいながら、周りから「うんちくはわかった。で、お前はいつ結婚すんだYO!」と突っ込まれる日々が続く。





© 2012 ATSUMI HAYASHI BLOG | 快楽サステナブル Design by The Up!