October 25th, 2015
僕が目黒のグランドスラム・Bシリーズと呼んでいるのがある。 夜にマッシュタン(バー)で飲み、翌日の朝に珈琲屋ROWのモーニングを食べ、昼にスパゲッティ・ダンで食べるという連続技を意味する。先週久しぶりに達成した。 なおAシリーズ(メジャー系)は、誰かやってくれという前提。
別に僕はいわゆる通人では全くないので、偉そうにグルメ批評をキめたいわけではなくて、むしろ強いて言えば都市社会論的なネタである。まあ講釈はいいや。要は雑談です。
第三位:スパゲッティ・ダン
ここは創業40年。相棒yosshyにかなり前から教えられていたけど、行くようになったのはsowxpの西村琢ちゃんに連れてってもらった数年前から。昼時に目黒にいると胃が「ダンが食べたい」と言い始める。パスタが食べたいのではない。ダンが食べたいのだ、と。僕のスタンダードは「たらこウニイカ大根おろし」の大盛り。お世辞にもキレイとは言えない場末的な個人店のランチで1320円という単価は相当である。「お、意外とするね」とは思うけど、結果、高すぎるよとは思わせないプライシングに、40年持続させる経営センスを感じさせる。作業の合間に素敵な笑みを浮かべてモデル立ちするおばさまの笑顔につい笑顔を返して店を出るのである。
第二位:マッシュ・タン
モルトバーの業界では有名な店らしい。マスターが厳しいとの評判がある。先日も、 アラフォー女性「え、えと、アイラモルトを」 マスター「アイラはいまオフィシャルは2つしかないんですよね・・」 「え、、うーんと、違う方がいいんですね」 「・・・(無言)」 といった極めて難しいやりとりがあったり、その後に来たお兄さんは 「えーと、おすすめはありますか?」と聞いてしまい、周りが「うっ」という空気になった後、 「人によって好みが違いますから・・」 という正論が展開されて若干つらかった。
彼は客をいじめてるつもりもなくて、いわば素直なオタクであり、強いて言えばちょっとしたコミュ障である。 知らない人をばかにしてるわけでも、来てほしくないわけでもない。 ウィスキーを飲むこと、における正論と、サービス業、における正論、どこを目指すか。ビジネス論的に解釈したとしても、ここのあり方は戦略の一つとはいえるかもしれない。客筋を乱さず、常連は心地よくなるという道。でもここには「戦略」なんていうさもしいものは一切ないのだ。 そして僕はこっそりグーグル先生の助けを借りて付け焼き刃の知識を少しずつ学び、なんとか振る舞い、行ったこともないスコットランドの海辺の風の香りを思い浮かべて酔い、帰路につくのだ。
第一位:珈琲野郎
本当は珈琲屋ROWであって珈琲野郎ではないんだが(かつては野郎だった)あえてそう書く。 別にここにみんな行くべし、というつもりもない。むしろ地元の人でなければわざわざ行かなくてよろしい。ここは僕にとっては、たまたまちょっと気にいって買ってずっと居間に置いているうちに愛着がしみついた椅子のようなものだ。味もいいし雰囲気もいいんだけど、通り道にあるからついつい寄って慣れてしまい、慣れたからいい、慣れていることそのものがいい、という場所。ただ、家の近所で落ち着く質のいい個人店というものを決して失くしてなるものか、という気にはなる。ちなみにドトールがそれにあたると誰かに言われたとしても僕は別に批判などしないタイプである。
第0位:一茶庵(おまけ)
子供の頃に親によく連れて行かれて大好きだった蕎麦屋。当時はとんかつとんきもロータリーの二階に別館があった。一茶庵はその裏路地、まさにマッシュタンやダンの並ぶ路地にあった。古くて味のある日本家屋だったこの蕎麦屋はもうないけれど、あの頃から三十数年経った今、自分が同じ路地をさまよっているのは面白い。この路地の空間性が、きっと何か共通した感性を引きつけているんだろう。
都心が高密化するのは基本的にはいいと思うけど、ここはあまり変わらないで欲しいなと思う。都市計画的なことでいえば、用途のゾーニング制限はもっとゆるめていいけど、文化のゾーニングみたいなものがあっていい気がする。仮にこの道だけは個人の小さな店しかできず、10店舗以上のチェーンはダメみたいな場所があったとしたら、そこは利回りが下がるかもしれないけれど、ジグライ(土地の格、ゆえに価格も)が少しずつ上がるかもしれない。 僕がこだわるのはそういう微細な多様性の維持である。それは経済価値という意味でも、長期全体最適につながると思う。でも日本では、公の概念にかなりの修正が加わらないと、そういう類いの意思決定はなかなか難しい。
Comment:
お名前:
目黒グランドスラム
October 25th, 2015
僕が目黒のグランドスラム・Bシリーズと呼んでいるのがある。
夜にマッシュタン(バー)で飲み、翌日の朝に珈琲屋ROWのモーニングを食べ、昼にスパゲッティ・ダンで食べるという連続技を意味する。先週久しぶりに達成した。
なおAシリーズ(メジャー系)は、誰かやってくれという前提。
別に僕はいわゆる通人では全くないので、偉そうにグルメ批評をキめたいわけではなくて、むしろ強いて言えば都市社会論的なネタである。まあ講釈はいいや。要は雑談です。
第三位:スパゲッティ・ダン
ここは創業40年。相棒yosshyにかなり前から教えられていたけど、行くようになったのはsowxpの西村琢ちゃんに連れてってもらった数年前から。昼時に目黒にいると胃が「ダンが食べたい」と言い始める。パスタが食べたいのではない。ダンが食べたいのだ、と。僕のスタンダードは「たらこウニイカ大根おろし」の大盛り。お世辞にもキレイとは言えない場末的な個人店のランチで1320円という単価は相当である。「お、意外とするね」とは思うけど、結果、高すぎるよとは思わせないプライシングに、40年持続させる経営センスを感じさせる。作業の合間に素敵な笑みを浮かべてモデル立ちするおばさまの笑顔につい笑顔を返して店を出るのである。
第二位:マッシュ・タン
モルトバーの業界では有名な店らしい。マスターが厳しいとの評判がある。先日も、
アラフォー女性「え、えと、アイラモルトを」
マスター「アイラはいまオフィシャルは2つしかないんですよね・・」
「え、、うーんと、違う方がいいんですね」
「・・・(無言)」
といった極めて難しいやりとりがあったり、その後に来たお兄さんは
「えーと、おすすめはありますか?」と聞いてしまい、周りが「うっ」という空気になった後、
「人によって好みが違いますから・・」
という正論が展開されて若干つらかった。
彼は客をいじめてるつもりもなくて、いわば素直なオタクであり、強いて言えばちょっとしたコミュ障である。
知らない人をばかにしてるわけでも、来てほしくないわけでもない。
ウィスキーを飲むこと、における正論と、サービス業、における正論、どこを目指すか。ビジネス論的に解釈したとしても、ここのあり方は戦略の一つとはいえるかもしれない。客筋を乱さず、常連は心地よくなるという道。でもここには「戦略」なんていうさもしいものは一切ないのだ。
そして僕はこっそりグーグル先生の助けを借りて付け焼き刃の知識を少しずつ学び、なんとか振る舞い、行ったこともないスコットランドの海辺の風の香りを思い浮かべて酔い、帰路につくのだ。
第一位:珈琲野郎
本当は珈琲屋ROWであって珈琲野郎ではないんだが(かつては野郎だった)あえてそう書く。
別にここにみんな行くべし、というつもりもない。むしろ地元の人でなければわざわざ行かなくてよろしい。ここは僕にとっては、たまたまちょっと気にいって買ってずっと居間に置いているうちに愛着がしみついた椅子のようなものだ。味もいいし雰囲気もいいんだけど、通り道にあるからついつい寄って慣れてしまい、慣れたからいい、慣れていることそのものがいい、という場所。ただ、家の近所で落ち着く質のいい個人店というものを決して失くしてなるものか、という気にはなる。ちなみにドトールがそれにあたると誰かに言われたとしても僕は別に批判などしないタイプである。
第0位:一茶庵(おまけ)
子供の頃に親によく連れて行かれて大好きだった蕎麦屋。当時はとんかつとんきもロータリーの二階に別館があった。一茶庵はその裏路地、まさにマッシュタンやダンの並ぶ路地にあった。古くて味のある日本家屋だったこの蕎麦屋はもうないけれど、あの頃から三十数年経った今、自分が同じ路地をさまよっているのは面白い。この路地の空間性が、きっと何か共通した感性を引きつけているんだろう。
都心が高密化するのは基本的にはいいと思うけど、ここはあまり変わらないで欲しいなと思う。都市計画的なことでいえば、用途のゾーニング制限はもっとゆるめていいけど、文化のゾーニングみたいなものがあっていい気がする。仮にこの道だけは個人の小さな店しかできず、10店舗以上のチェーンはダメみたいな場所があったとしたら、そこは利回りが下がるかもしれないけれど、ジグライ(土地の格、ゆえに価格も)が少しずつ上がるかもしれない。
僕がこだわるのはそういう微細な多様性の維持である。それは経済価値という意味でも、長期全体最適につながると思う。でも日本では、公の概念にかなりの修正が加わらないと、そういう類いの意思決定はなかなか難しい。