March 11th, 2012
大京町の野口ハウスの前を走って通りかかったら、野口ハウスが解体に入っていた。 とても”渋い”建物で、通るたびに立ち止まって眺めていただけに、 解体される風景を見て、やけに悲しい気持ちになった。 このマンシオンの仲介を最初にしたのは7年前、R不動産のかなり初期の時代で、 確かまだ2つ目の売買仲介案件だった。売主会社がちょっとアンフェアなことをしてモメたのを思い出した。
工事のお知らせ看板に近づいてみると、事業主はパナホームとなっていた。 パナホームがダメだというわけではないけれど、 この建物がパナホームのつくるマンションになるのは、個人的な感情としてやっぱり寂しさを感じた。
今のところ世の中はまだまだ大手資本が強い。不動産の世界ではむしろ強さを増している。 なぜ大手が強いのか。単純に言えば、大手の方が、 売り値から費用を引いたもの、すなわち利益が多くなることが多いから。 「信用」があるから高くなる。それは「趣味の良さ」よりもある種の「信用」に価値を感じる人が多いから。 「費用」はたくさんの仕事をしてる会社の方が基本的には安くなる。 そして何より大手は「営業」のパワーがある。 世の中のベクトルは常に双方向的な作用反作用が起こるから、逆の力も着実にあるけれど、 今はこの綱引きは、全体として大手が優勢な状況が強くなっていると思う。
そんな構造に対してどう立ち向かうかという事について、もっと建築家と話したいと思うようになってきた。 本来、建築家には色んな役割がある。 他に例えるなら、グローバルな現代アート文脈の先端を勝ち抜くことだけがアーティストではない。 現代音楽の前衛だけが偉いわけではなくて、サザンオールスターズは素晴らしい(ていうか、好き)。 もちろん、だからといって音大でロックを教えたり美大でマンガを教えるべきとも限らないので、 大学の建築学科はマッシブなマーケットに対するアプローチを教えよと言いたいわけではないけれど。
震災に対する建築家たちの、様々な提案や議論の姿勢を見て、立派だなあと思ったりする。 コミュニティデザイン的分野への若者の関心を見ていても、視点は広がっているんだなと思う。 であるならば、もっといろんな仕事があるよ、もっとおもしろいこといっぱいあるよ、 いろんな達成感や、いろんな価値観の持ちようがあるよ、ということを思うわけだ。
自分に近い話で言えば、資本の論理やマーケティングについてもっと理解を深めることで、 建築家はもっともっと社会を革新できる。新しい守備範囲やマニフェストテーマが生まれる。 しかも、今その資本の論理やマーケティングといったものは、大きく変化するタイミングにある。 徐々に新たな持続的枠組みに移行するここからの数十年は、 今の大きなシステムと新しい価値観の両方を理解する中からすごく大きな発見や創造ができるはずだ。
基本的に建築が好きな人はマッシブなこと、大多数の日本人の感覚に直接訴求することと 相性が悪いかもしれない。 だから、パナホームに入社してそこからイノベーションを起こせ!と言うわけではないけれど、 生産性の高いプロトタイプを提案することにもっと興味を持ったらいいとは思う。 エネルギーの議論にはすごく興味を持つのに、資本の力に対する議論には思考停止するというのは、 怠惰ですらあるのではないかと思う。(思考停止してないよ、と言われるかもしれないけど)
そして、そういう中から、新しい美学も生まれるんじゃないか。 機械化合理化の流れへのアプローチからモダニズムが生まれたように。 実際、日本のチマチマした都市構造から、いわゆるトーキョー的な住宅のデザインが出てきて、 それが知的な意味でも世界にインスピレーションを与えている面はあると思う。 日本には、社会構造的にも、そして経済構造的にも、色んな固有の文脈がある。 そこには新しい答え、あるいは新しい問い、はたくさんあると思う。
こういうことを言うのは、もう一つ重要な思いがある。 それは、古いタイプのデザインアーキテクトは、その多くがこれから「食えなくなる」ということ。 構造はさらに加速的に変わっていき、トラッドな「意匠力」の経済的競争力は下がる。 タマホームはめちゃくちゃ強い。スターツの免震マンションは超パワフルな訴求力がある。 雑誌で建築家特集やリノベーションの話が増えたとかいって、それで 「人々は以前よりデザインに敏感になっている」なんて言っているのはかなりマヌケだ。
”僕ら”にとって、状況はそんなに楽観的なものじゃない。 一部の天才を除けば、戦略転換が必要なのだ。
ともかく、がんばらなきゃ! (↑そんな結末かよ?)
近々、アトリエアーキテクトにとってさらに厳しい時代になる構造について もう一回別の角度から書こうと思います。
・・それにしても、なんか、やけに真面目な感じになってきちゃったな・・
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建築家の役割
March 11th, 2012
大京町の野口ハウスの前を走って通りかかったら、野口ハウスが解体に入っていた。
とても”渋い”建物で、通るたびに立ち止まって眺めていただけに、
解体される風景を見て、やけに悲しい気持ちになった。
このマンシオンの仲介を最初にしたのは7年前、R不動産のかなり初期の時代で、
確かまだ2つ目の売買仲介案件だった。売主会社がちょっとアンフェアなことをしてモメたのを思い出した。
工事のお知らせ看板に近づいてみると、事業主はパナホームとなっていた。
パナホームがダメだというわけではないけれど、
この建物がパナホームのつくるマンションになるのは、個人的な感情としてやっぱり寂しさを感じた。
今のところ世の中はまだまだ大手資本が強い。不動産の世界ではむしろ強さを増している。
なぜ大手が強いのか。単純に言えば、大手の方が、
売り値から費用を引いたもの、すなわち利益が多くなることが多いから。
「信用」があるから高くなる。それは「趣味の良さ」よりもある種の「信用」に価値を感じる人が多いから。
「費用」はたくさんの仕事をしてる会社の方が基本的には安くなる。
そして何より大手は「営業」のパワーがある。
世の中のベクトルは常に双方向的な作用反作用が起こるから、逆の力も着実にあるけれど、
今はこの綱引きは、全体として大手が優勢な状況が強くなっていると思う。
そんな構造に対してどう立ち向かうかという事について、もっと建築家と話したいと思うようになってきた。
本来、建築家には色んな役割がある。
他に例えるなら、グローバルな現代アート文脈の先端を勝ち抜くことだけがアーティストではない。
現代音楽の前衛だけが偉いわけではなくて、サザンオールスターズは素晴らしい(ていうか、好き)。
もちろん、だからといって音大でロックを教えたり美大でマンガを教えるべきとも限らないので、
大学の建築学科はマッシブなマーケットに対するアプローチを教えよと言いたいわけではないけれど。
震災に対する建築家たちの、様々な提案や議論の姿勢を見て、立派だなあと思ったりする。
コミュニティデザイン的分野への若者の関心を見ていても、視点は広がっているんだなと思う。
であるならば、もっといろんな仕事があるよ、もっとおもしろいこといっぱいあるよ、
いろんな達成感や、いろんな価値観の持ちようがあるよ、ということを思うわけだ。
自分に近い話で言えば、資本の論理やマーケティングについてもっと理解を深めることで、
建築家はもっともっと社会を革新できる。新しい守備範囲やマニフェストテーマが生まれる。
しかも、今その資本の論理やマーケティングといったものは、大きく変化するタイミングにある。
徐々に新たな持続的枠組みに移行するここからの数十年は、
今の大きなシステムと新しい価値観の両方を理解する中からすごく大きな発見や創造ができるはずだ。
基本的に建築が好きな人はマッシブなこと、大多数の日本人の感覚に直接訴求することと
相性が悪いかもしれない。
だから、パナホームに入社してそこからイノベーションを起こせ!と言うわけではないけれど、
生産性の高いプロトタイプを提案することにもっと興味を持ったらいいとは思う。
エネルギーの議論にはすごく興味を持つのに、資本の力に対する議論には思考停止するというのは、
怠惰ですらあるのではないかと思う。(思考停止してないよ、と言われるかもしれないけど)
そして、そういう中から、新しい美学も生まれるんじゃないか。
機械化合理化の流れへのアプローチからモダニズムが生まれたように。
実際、日本のチマチマした都市構造から、いわゆるトーキョー的な住宅のデザインが出てきて、
それが知的な意味でも世界にインスピレーションを与えている面はあると思う。
日本には、社会構造的にも、そして経済構造的にも、色んな固有の文脈がある。
そこには新しい答え、あるいは新しい問い、はたくさんあると思う。
こういうことを言うのは、もう一つ重要な思いがある。
それは、古いタイプのデザインアーキテクトは、その多くがこれから「食えなくなる」ということ。
構造はさらに加速的に変わっていき、トラッドな「意匠力」の経済的競争力は下がる。
タマホームはめちゃくちゃ強い。スターツの免震マンションは超パワフルな訴求力がある。
雑誌で建築家特集やリノベーションの話が増えたとかいって、それで
「人々は以前よりデザインに敏感になっている」なんて言っているのはかなりマヌケだ。
”僕ら”にとって、状況はそんなに楽観的なものじゃない。
一部の天才を除けば、戦略転換が必要なのだ。
ともかく、がんばらなきゃ!
(↑そんな結末かよ?)
近々、アトリエアーキテクトにとってさらに厳しい時代になる構造について
もう一回別の角度から書こうと思います。
・・それにしても、なんか、やけに真面目な感じになってきちゃったな・・