外房企画 2008

February 18th, 2021

某案件で色々考えていたら、10年以上前に書いた企画メモを思い出した。これは直後にリーマンショックで現実化は遠のいたのだが、形を変えてチャンスがあるかもという気もするのでなんとなくここに貼り付けておくことにします。(なんか変にスカしてて若干恥ずかしいけど・・)

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Tプロジェクトのイメージ
2008.01

海と池を見下ろす小高い丘。3万坪の広大な敷地。外房エリア全体の中でも稀有な条件を備えた土地である。  しかし、これほどの規模の土地を開発・事業化するのは容易ではない。東京近郊の”未開”のエリアとして房総は俄かに注目を浴び始めているものの、かつてのようなリゾートマンションがうまくゆくわけもなく、セカンドハウスニーズを想定したとしても、採算を合わせられるマーケットが充分に育つには、まだ時間がかかるだろう。

湘南よりは少し遠く、しかし東京から1.5時間で着く海辺。一方で、レストランやレクリエーションが少なく、リゾートとしては完結性の高いデスティネーションでなければ成立しない場所。ここでは大掛かりなレジャー施設も極めてリスクが高く、長期的成功も望みにくい。
顕在化されていない新たなオケージョンを生み出さねば、見通しは見えてこないはずだ。

ここで僕にとって印象に残っている一つの場所の話をしたい。
かつて外資系企業に勤めた時、各国から1人ずつ、30人ほどの新入社員が一箇所に集まって2週間の研修を行うという機会があった。僕が参加した回はニューヨーク郊外の施設で行われた。

マンハッタンから小1時間ほど車で走ってゆくと、緑に囲まれた戸建住宅が点在する田園風景が広がり、そうした中に広大な敷地が現れる。低い塀の中は芝生の庭が広がり、樹木が点在する中にレンガの建物が悠々と建っている。門をくぐってから玄関まで150mはあるだろう。建物に入りレセプションの脇のプレートを見ると、ORACLE, MICROSOFT といった名だたる米国企業が研修やコンファレンスを行っているのがわかる。ここはビジネスユース、オフサイトミーティングのための施設なのである。

米国では各都市に拠点が離れていることもあって、こうした企業内ギャザリングやトレーニング、業界のコンファレンス等が多く行われるが、それはしばしば「オフサイト」つまり日常的なビジネス環境とは離れた、むしろリゾートの場において行われることが多い。仕事、勉強、それらに関するコミュニケーションをしながら、夜には酒を飲み交わしたりして、リラックスした環境の中で創造的な時間を過ごすのである。

宿泊棟のベッドルームは広々として、窓の外は緑があふれている。ひたすら静かな環境である。施設内の廊下には至るところにフルーツやクッキーが盛られており、自由に食べることができる。コーヒーもいつも新しいものに変えられ、どこでも飲むことができる。いわゆるリゾートホテルやシティホテルのように、喧騒を感じる雰囲気はなく、洗練された落ち着いた空気が流れている。

 

ここでの毎日はどのようなものか。朝、鳥の鳴き声に起こされ、ダイニングで仲間と楽しく朝食を取り、午前中は静かな環境の中でレクチャーやディスカッション、ランチは庭の樹の下でとることもある。午後は時にはフリーな時間となり、皆で自転車を走らせて海へ行ったりもする。夜は大抵チームを組んで遅くまで課題に取り組むのだが、煮詰まるとバーへ行って酒を飲みながらアイディアを練る。時にはいくつかのチームが自然に集まってパーティーが始まることももちろんある。

僕はそこで2週間、とても魅惑的な時間を過ごした。不思議だったのは、その場所を離れる時に、リゾートで過ごした後の爽快感のようなものが、知的な達成感とともに感じられたことだ。遊びのように頭と身体をリラックスさせながら、創造的な勉強やコミュニケーションをするという体験が新しかった。広い視点や自由な発想が生まれ、企業にとって価値のある投資であることも実感した。

このような場所は、conference resort, business destination hotel と呼ばれたりしている。日本でも似たようなものはいくつかあるものの、どれもいかにも中途半端なもので、新しい価値観を持った企業がアクティブで前向きな目的に使いたくなるものはない。もちろん、もはや保養所の時代でもないし、箱根の「○○(株)研修所」といった類も、時代に合わなくなっていることは明らかだ。日本ではまだ、社員旅行は未だ熱海の旅館ということもあれば、せいぜいグループに分かれてのスキーや温泉。時にはハワイに行く会社もあるものの、どこまで意味のあるものかは疑問が残るように思える。コンファレンスは都心のホテルで平日の午後に行い、あくまで日常の延長でしかない。

若い経営者たちは、会社の未来を語ったり、新しいアイディアについて議論したりする機会はもっとあっていいと思っている。日本でも、新しい時代の価値観にあった新しい形でのオフサイトギャザリングや研修の機会は増えていき、文化として根付いていくように思う。ただしそれは米国でのニーズとは若干、異なるものになるだろう。アメリカのナショナルカンパニーのように各都市から人が集まる機会も多くないため、アメリカのようにたくさんのビジネスユースリゾートは要らないことは想像できる。その代わり、プロジェクトチームが2週間滞在して一気に強い集中力を発揮させる機会や、ビジョンを共有し議論することを兼ねた社員研修旅行など、潜在的なオケージョンは多様に存在している。また、欧米でいうところのジャンケットニーズもあるかもしれない。例えば映画公開に先駆けてプレスを一気にリゾートに集めて取材やPRを集中的に行ってゆくような機会である。

太東のこの場所で必要なものは、秋や冬も含め、通年で人が来る仕掛けである。土地や建築だけで多くの人を年中呼び続けられる場所ではない。直島が「art」をテーマにつくられた場所だとすれば、ここで生み出すべき新たなニーズは、「住」でも「遊」でもなく「WORK」である。

東京から1時間強でいける素朴なリゾートは、こうした場所に最も適したエリアではないかと思う。そしてこの広大な敷地では、狭義の「WORK」を超えた様々なシーンが展開することで、価値を高めていくことができるだろう。

ここに現れるのはただシリアスな仕事のコミュニケーションシーンばかりであってはならない。欧米とは異なる新たな形、コンセプトを作り出す必要がある。敷地内には例えば畑があって、ここを訪れるグループはそこで一日畑仕事をするのもいい。敷地内にはフォリーのような小さなラボオフィスが点在し、そこでは先進的な小さな会社やチームが「本社」をかまえて創造的な仕事をしているイメージもありえるだろう。充実したダイニング、バー、スポーツ施設も必要である。施設全体がアートギャラリーとしても運営されることも考えられる。「住」も混じってもよい。池のほとりには存在感のある小さな別荘が点在してもよいし、海側の低地にはサーファー賃貸があってもかまわない。

こうして定住者と訪問者が入り混じった場所となる。機能的で、環境に配慮しつつ、現代的にデザインされた中低層の建築やランドスケープにより、この場所の記憶は訪れる人々に残るとともに、人々のモチベーションを上げ、柔らかい発想を手にする場所ができあがる。

このプロジェクトはハード投資の回収を短期で考えるべきではない。不動産会社やファンドが事業主体になるのではなく、豊かな「WORK」の有り方を提示することで企業としてのアイデンティティが高められるような事業会社が数社で共同投資する形が望ましい。例えばパソナのような会社が中心的な事業主体になることが考えられる。直島における福武氏のように南部氏個人が経済的にコミットすることもあるかもしれない。

ともかくこのプロジェクトは日本のワーキングカルチャーに一つの新しいコンセプトを注入するという志を持ったものである。現実的かつ前向きなニーズを生み起こしながら、素晴らしい土地に素晴らしい環境・建築と経験をつくりだし、同時に日本の企業価値を上げてゆくきっかけを生み出すための一つの戦略でもあるのだ。

 

 





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