豊橋にて

May 16th, 2018

先週土曜に行った蒲郡での「森、道、市場」は素晴らしかった。ライブのラインナップはもちろん、そして500にも及ぶ「店」の質がとてもよかった。「森道」は、多くの大型フェスと比べると、ほっこり、ゆるい、あるいはある種のクラフト感やオーガニック感のあるコンセプトなのだが、ここへきて一気に集客を増しているのは、オーガナイザーの力量もありつつ、やはり時代の価値観を先取りしているということがあると思う。イベントが始まった7年前はこのネーミングももっとマニアックに見えたのかもしれないけど、場の持つ価値観が時代の感性に年々幅広くハマってきているのだろう。

店をのぞきながら歩いていて、これは「街」なんだな、と思った。質が良くて、発見があり、かつ”顔”の見える店を見ながらそぞろ歩きたい、というのは本来の「街」の楽しみだが、皆それを楽しんでいる。それは非日常の「祭り」とは違う、むしろ「ほしい日常」の表現に思えた。そこに音楽が聞こえるということも含めて。

あらゆる情報やモノに触れている僕らは、リアルの街を歩いてわくわくすることが少しずつ難しくなってきており、ピンポイントで移動するようになりつつある。だから僕らはこうして、街の楽しみをイベントで味わうことになる。日常の活動の中で昔のように体を動かす必要がなくなった現代人がジムへいったり皆でランニングするのと似た構造なのかもしれないけど、世の中の変化の中で、本能の欲求を新しい形で満たそうとしていく姿なのかも、しれない。

「森、道」に行く前夜は、豊橋で一泊してみた。意外だったのは、大抵どこでも1〜2件はあるクオリティの高いバーが駅周りには見当たらないことと、鈴木珈琲店という喫茶店が渋谷「はとう」並のクオリティだったことだが、それはさておき、ともかく夜はいつものように軽い地方都市サーベイということで繁華街を一人でさまよってみた。

豊橋に来るのは初めてだったが、予想通り駅前からアーケード商店街、その先の住宅エリアや公園・川、といった中心街の構造は、まあ他の地方都市ととてもよく似ている。同じ時代の同じ日本人の行動様式ゆえ、結果的に街もまあある程度同じ構成になるのは必然ではある。この日、金曜の夜だけに人が多く出ていて、若者を中心に活気があった。店は例によって、居酒屋、立ち飲み、ダイニングバー的な店、焼肉屋・・・等々が中心。その一本裏側はスナックとキャバクラたち。よくみる光景で、きっと強い記憶に残るものではない。そしてほとんどはいわゆる飲食の虎たちの世界というか、特に凝ったオシャレな店とか濃い世界観の店といったものでなく、日常ニーズに応えるべくがんがん頑張っている飲食野郎たちの店である(悪い意味では全然ない)。

僕らはいわゆるリノベーションまちづくりというやり方に関わっているわけだけど、こうして豊橋の楽しそうな、シャッター街では決してない繁華街を歩いている限りにおいては、ここでは(狭義の)リノベーションというもので街を活性化、といったようなことはそれほどインパクトがあるわけではないな、と思った。シャッターだらけの商店街ならば、一般的なマーケティング発想で店舗事業をやるのとは違うリノベ的な小商いのチャレンジはよりクリアな意味を持つけれど、それだけで街全体がすぐに元気になるとか、ホステルとカフェが一つずつできた瞬間に街が変わるなんてことはない。もちろんそれら一つ一つは確実に前向きな一歩を生むし、そうした小さな一歩こそが大きなうねりを生む源泉になる。が同時に、様々な切り口でマクロな戦略や連携が生まれてこそ状況は解決に向かっていく。そうした次なる方法論へのステップアップが僕らの次のテーマである。

そもそも「街のため」みたいなことを意識する人やその事業が、まちのために強力な影響力を持つとは限らない。「街がうんぬんてなんて、結果だろ」くらいの感覚でしたたかに展開する商人が街に人を呼ぶことの方が多いとも思う。ある意味、飲食の虎たち(街づくり的な文脈ではないたくましい商人マインドの店たち)が、その集積パワーをより強く発揮するにはどうしたらいいかを考えるのも意味があるはずだ。

そこでイメージを持ったのは、(漫画の)サンクチュアリのようなチームである。つまり、持ち場やコミュニティの違う人たちがそれぞれの持ち場で活躍しつつ、それらが裏でつながって、大きな変革をなしとげるべく戦略を持って進むというやつである。つまりここでは、飲食の虎やヤンキー経済の雄たちと、クリエイターや街づくりキャラ、そしてママ集団(主婦もしかり、スナックのママもしかり)、そして地域のコア企業の次世代経営者や戦略家キャラ、そしてとんがった行政マン、あるいはスポーツ系スターといった人たちが、10人くらいでマフィアを組むのである(サンクチュアリは二人だけど・・)。今の時代だからこそ、「虎」たちもスナックママたちも「おぅ、街のためにがんばるのは、俺らも全然やるぜ」と言う空気はつくれる気がする。

公民連携、という言葉はある意味まじめすぎるところがある。そういう言葉に関心を持つ層の世界に閉じてしまう感じもあったりする。民にも色々いるのである。みんなで都市経営やまちづくりをやるのである。地域のアイデンティティも、意識高い系だけで議論せず、ストリートの実力者を含めてカルチャーの違う人が筋道を共有する方がいい。

そして地方都市が経済的にも文化的にも持続繁栄するには、地域のコア企業たちがしぶとく進化して雇用を保つことが必須である。そのためにはコア企業に新しい発想を持ったコア人材がいるor 来ることが重要である。そこで、その街で生まれ育って東京に出て活躍している人材をピックアップし、呼び戻しを画策するのである。これは街づくり系の人たちや行政だけがやってもだめであり、奥さんたちに訴求する女性目線の仕掛けも要るし、ヤンキー豪族も動くのである。これは「青年会議所」でやるのでなく、サンクチュアリでなければならない。オーソライズされた組織では、いかにもちゃんとしていないといけないという空気をまとってしまうのがよろしくない。

なお当然ながら、喧々諤々と志を語りながら、同時に小さな前進をつくるアクションをしていかないといけない。飲み屋ではお客さんが店に対して「こうした方がいーよ!」という意見をまじめに一言いうと串揚げ一本、みたいなのを街のルールにしたとすれば、きっと店はよくなるし、店と客の距離は近づくかもしれない。他の店のいいメニューを教えてあげるのを皆が互いにやろうと決めるのも、もしかしたらいいかもしれない。そうして「今ある環境」を使って、金をかけずとも、人が連携して動いていく。そんな連帯は、大都市ではそうそう起こらない。地方だからこその作戦である。

もちろん違和感もあるだろう。いやいやそんなの実際は話が噛み合わなかったり揉めたりするに決まっているさ、ビジョンを描き引っ張っていくのは揺るがぬ信念を持つ一人の孤独な戦いなのさ、と。まあそれもそうかもしれない。が、いかにも合理的な道筋というのもわからないわけだし、一見不合理的に見えることでも、そこに人の心に火をつける希望やエネルギーが見えることから想定外の光が灯り、コトが急に走り出すこともあるのではないか。

サンクチュアリ連合が街の未来を描き始めれば、そのうち市長も話を聞きに来るだろう。しかしすぐにつるんではいけない。メディアとはつるむ。市民による戦略が共有されていき、しかし首長が変わっても影響されないストーリーがあることが重要である。市長とは方針が違うなら違うで可視化されればよい。徐々に、行政とマフィアたちは意見をすり合わせていくはずだから。

・・などとテンション高めな、真面目なのか適当なのかわからないようなことを考えながら難しい顔をして串揚げ屋を出て、微妙な感じのバーに入り、オーナーのセンスに異をとなえる若いバーテンと「ここ、変えた方がいいよね絶対」「ですよね、僕もそうしたいです」みたいな議論をしばらくやって酔っ払って帰途についたのだった。



雇用の話

April 14th, 2018

今年は各部門合わせて3人の新卒が入ってきました。彼らの雇用形態について、毎年僕は直接説明をしています。というのも彼らは契約社員だからです。

僕らの会社には正社員がいません。そもそも正社員という言葉は法的に定義されていないのですが、慣習的には「期限の定めがない雇用契約」を意味します。そしてそうしたその契約は「相当サボっていても、あるいは適性が会社のニーズとかなりずれていても解雇してはならない」ということになっています。そういう雇用形態が世の主流であることには一定の意義があると思いますが、ウチではそのことがいまひとつしっくり来なかったわけです。

うちの場合は、一定の期間の契約を更新していくわけですが、これは長期的な関係を前提にしており、一時的な雇用とは捉えていません。実際、いきなり終了!みたいなことはしたことありません(最初の試用期間で終了は何度かあったけど)。「サボってても適性なくてもよっぽど悪いことでもしない限り解雇されることはありえない」という状態は、活躍してる人の士気を削ぐような面もあるし、会社の強さ・健全性を保つ上でマイナスではないかということです。

おいおい、お前それは経営者の都合だろう、いざとなったら切れるようにしてるんだろ?と言われるかとも思いますが、いざとなったらという話は、正社員でも会社がつぶれたら雇用は続かないわけなので、倒産しないでいられるようにがんばるためにも、依存関係にならず互いに緊張感を持つほうがいいじゃないかと。がんばったけど本当に合わないねとお互い思ったときは別の道に行く方がよいわけだし、会社に寄っ掛かるような仕切りはむしろよくないのでは?みたいな話です。で、うちの設計系やEC系の社員は「長期前提の契約社員」ということでやっている次第です。

なおうちの不動産仲介メンバーは、保険会社と同じような個人プレーヤー契約なのでさらにドライで、ゆえにメンバーの半分近くは自分の会社をつくって別の仕事もやったりして技を広げています。「やりたいことあるけど、うちの会社ではできないな・・やめよう」というのは会社やチームとしてはやはり勿体ないわけで、ならばはじめから「半社外」つまり「お前はすでにやめている・・」という形にしておけば「いーね、じゃあそれは社外で自分でやればいいじゃん、うちの仕事も続ければいいじゃん、あるいはJVでもつくろうか」ということで結果的に関係が続いてくわけです。それでもメンバー間の人間関係は普通の正社員と同じノリです。(ちなみに僕はうちの形を日本標準にすべしとは思っていませんし、うちの中でも時とともにかたちが変わっていくことはあると思っています)

ところで、経営者の論理は個人の希望とずれることはもちろんあります。経営側は無駄を省くとか生産性を上げるということを当然考えるので、そこに最低限のモラルなり、格差をある程度是正する社会システムは必要です。でもその解は、正社員という雇用ではなくセーフティネットや課税の議論で解く方がこれからの時代にはよい気がします。

いずれにせよ、会社にしても国の財政にしても、それがたくましく持続するようにやっていかないと結局みんなに跳ね返ってくるわけなので、ルールや仕組みを決めるときには部分だけを見ないで、何がどう巡り巡って影響していくか、という「因果関係の理解力」をみんなが持っていないと、社会の意思決定がおかしなことになり、世の中が変な方向に向かっていきます。だから日本はなぜなぜ教育(前回ポスト参照)をやるべきっていう話に、僕の中ではなっていたりもしているわけです。



教育の話

April 14th, 2018

僕は数年前から「このあとの自分のテーマは都市計画と教育だ」とか「それらのあり方を進化させるような仕事を自分なりにつくっていきたい」みたいなことを言ってみたりしていたのだけど、そうしているとちょっとずつリアリティが増してくる感じはやっぱりあります。

で、教育についてはまだ何か考えてるわけではないのですが、さすがに自分が親になってみると確かに自分ゴト感はぐっと増してきました。仕事とか事業とかはもうちょい経ってから考えるつもりですし、家族マターとしてもまだ1歳になったところで具体的な計画なんかはないのですが、しいていえば自分の子供に関しては「頭を柔らかくしたいな」という思いだけはあります。

人は何かを突っ込んでやってみるとなんでもそれなりに面白くなっていくものですが、それは頭が柔らかくて、自分なりに深めたり広げたりすることがクセになっていてこそ、な気がします。そして頭が柔らかければ、既存の常識にとらわれない価値観・やり方で自分なりの人生を創り出していけるし、多少厳しい環境になっても幸せに感じるように発想転換できるし、時代の変化にも適応できるような気がします。また、頭が柔らかければ、アホになれて自分も面白くなれるし、人から見ても面白い人になりやすく、結果として幸せに生きられると思うわけです。

3歳くらいまではとにかく絵本とか音楽とかパズル的な?やつとかで情操系をやろうと思ってますが、そのあと徐々にやりたいと考えているのは「なぜなぜ教育」です。

これは簡単に言えば、子供に対して「それはなぜ?」と問いかけまくるということです。そして子供自身もやがて「なぜだ?」と自然に考えるくせをつけようというものです。(ほんとは大人でもやった方がいいんだけど)

日本人は自分の意見主張は苦手だと言われますが、そもそも自分なりの「問い」を発する訓練が足りないと思います。問いを生むことを訓練していないと、考えに幅ができなかったり、偏った感覚的な思いだけで意見を固めてしまうようになると思うのです。保育園うるさい!みたいな類の話も、人の立場を考えたり、広い視点で考える力があればもっとマシなことになると思うわkです。

問いの力を育てるにも、そしてそれに対して考えていく力を育てるにも、カギは「因果関係を掘り下げること」だと考えています。「因果関係を掘り下げる」訓練の積み重ねは、論理的な思考にもデザイン思考にもつながると思うし、それをやればやるほど結果的にいろんな発見をして、頭が柔らかくなっていくことにもつながるのではないかと。(当然ながら、言語を介さない感性の側の方も同時にやる前提。)

かつて僕ははじめて就職する前に、建築の道を離れてビジネスの世界に行くことを決めたのですが、面接で落とされないためにビジネスや経済のことを学ばないとあかんなと思いました。ですが時間が迫っていたため「なぜなぜ5回」という勉強法をやりました。

日経を読んで「なぜ」を5回やる。
例えば「A社とB社が合併した」という記事があったとします。当時の僕にはどういうことかよくわからなかったわけですが、まず「なぜA社とB社は合併するのか?」と問います。で、自分の答えとして「合併する方が収益が上がるからだろう」だと。まあ単純です。次に、「 なぜ合併すると収益が上がるのか?」と問い、「効率が上がるからだろう」と答える。
「うーん、なぜ効率が上がるのか?」と問い、「同じことしてる人がいるからその分の仕事が減らせるから?」と。
「なぜ無駄な仕事が減らせるといいのか?」「うーんと、新しいことできるから?」といった具合。
これがとてもよかったのです。いつのまにか理解も進み、知識アンテナも敏感になり、気づいたら色んなうんちくや自分なりの考え方を語れるようになっていったりもしました。
そういうのがそのときからクセとして強化されたため、いまもよく「この場所にはなんでこんなに人が喜んで集まるんだ?」みたいなとこからなんだかんだと因果関係を堀り始めてしまうことが日々あります。たまに疲れますが。

で、問いをつくるとき、答えを考えるとき、その両方で視点を広げる必要に迫られます。因果関係とともに一つの記事を掘り下げると、理解は深まり、視点も広がります。因果関係は論理で掘るものでもある一方で、それを問うときには想像力も必要なので、問いを出すのも答えるのも、論理力と想像力の両方を行ったり来たりするのです。

僕はこれを授業にすればいいと思っています。とにかく色んな問いを持ち寄ってみんなで掘る、みたいな授業のイメージ。理科とか社会とかいう括りとは別にあってもいいし、もしかしたら各科目の教え方をそっちに思い切り振るんでもいいのかもしれません。
先生は新しい分野を教えるのは大変だから、なかなか教育が変わらないのが現状ですが、「なぜだと思う?」というコーチングはそこそこ誰しもできるように思います。「それはね・・」という答えはそのうちAIでできるでしょうから、むしろ「なぜだと思う?」の働きかけや場づくりには、人間だからこそできる何かがあるような気がします。右脳と左脳の思考力と、好奇心。これらを育てるにはこの方法がよい気がします。もしかしたらそのうち、自分がなぜなぜおじさんになって塾でも始めてしまうのではないかと恐れています。

最後に、それとは別に企画学校のアイディアがあって、どこかでやろうと思っているのですが怠け者ゆえまだできておりません。そう遠くないうちに機会をみつけてやってみたいと思います(とりあえず言っておく系)。



商店街の今後

December 4th, 2017

とある記事でbeamsとUAのトップ対談を読んでいたら、ルミネがセレクトショップを入れ始めたときが業界にとって一つのターニングポイントだったという話があった。確かに駅ビルに彼らが入ったことで当時の若者の買い物やファッションにだいぶ影響を与えたんだろうと想像がつく。ストリートで始まった小さな店が駅ビルに進出し、届ける層の裾野が大きく広がっていったと。同時に駅ビルはそうして自らの意図で全体を編集してアップデートを続け、強くなった。

確かにルミネはすごい。半年くらい前に某電鉄の人たちと郊外駅のガールズバーに社会科見学(あるいはフィールドワーク)にいった際にガールズにヒアリングしたのだが、「この街にあってほしいものは?」と聞いたら、三人が声をそろえて「ルミネ!」とハモったのを覚えている。そこまでルミネは支持されているのか・・と改めて思ったのだった(ちなみに、それから?と聞いたら「シネコン!」とハモっていた)。余談だが、以前スタバにいたときに隣のOL二人が「スタバって、ほんとにいいよね〜」「ね〜♪」という会話をしていて「スタバってそんなに素敵なんか・・」とびびった記憶もある。

どちらかというと街角の個人店に思いを馳せてしまうタイプ(僕も含め)からすると、ルミネやイオンの強さについてあまり分析的に考えることがないものの、それらを客観的にとらえる目線を持っていないと、街をよくしようみたいな話も的を外してしまうだろう。彼らは今後もアップデートを続けて魅力を増していくのだ。

地方のさびれつつある商店街は、飲食はともかく特に物販は、今となっては魅力のない店が多く並んでいる。アップデートが起こらない普通の家族経営は大資本のマーケティングにそうそう勝てるわけもない。商店街やその脇にめちゃくちゃ魅力的な店を若者が始めて人気を集めているといった話はこれからもっと増えていくと思っているが、全体をきちんと復活させるようなレベルにまでなることは、自然にはそうそう起こらないだろう。

しかし自治体や商店会はなんとかしたいと思っているし、東京でがんがん働いている人々に聞いてみると「地元の商店街が寂しくなってしまった・・なんとかならないかな・・」なんて気持ちは往々にして抱いていたりする。ルミネとは対極的に負けまくっている地方の商店街は、単発散発的にいい動きが生まれた上で、さらに大胆な戦略的な打ち手を重ねていかないと未来は暗い。ある時代の産物は消えゆくのもまた自然なのだと割り切る人もいるだろうが、街の真ん中が誰も通らない場所になるのは幸せなことではない。

そんな商店街についてはいくつかの道がある。

一つは、説得力を持ち得た沿道経営体がビジネスモデルを変革していく道。街の再生に思いを馳せる若き個人たちが面白いことを始め、それが駅ビルやモールにはない類の魅力で人を惹きつける。それがある路地などに集積あるいは点在していく。彼らは互いに連携したりしながらスモール事業を拡大し、地域の社会的存在感を増していく。自治体なんかも彼らを頼ろうとする。最初は「まーここじゃ難しいんよ」と言っていた爺さんたちも「あいつらがんばっとるわな!」みたいな感じになって徐々に説得力を持ち、商店会長なんかからも徐々に信頼を得るようになっていく。

そうして説得力を持ち得た若き獅子たちは、一種のまちづくり事業体のような連合体を形成し、自治体や商店会とタッグを組んで新たな仕組みをつくっていく。まるごとストリートの店舗を借り上げてリーシングや運営を最適化したり、ネットとリアルの組み合わせで売って行く仕組みを進化させたりなどしながら新たな商店街の運営モデルをつくり出し、発信力も高めていく。アーケードの下の、広くて車があまり通らないオープンスペース(道)に公園のような機能を持たせていったりする。そうして徐々に、かつて反映した時代の商店街の姿とは違う未来をつくり出す。

もう一つは居住へ向かう道である。商店街の店舗の2Fあるいは路面にシェアハウスやコレクティブハウスなどの住宅機能が入り始める。これを自治体も制度的にサポートしていく。ただし商店街居住はリノベコストもかかり、オーナーとの関係、あるいはそもそも商店街に住むかよ!という一般論もあるので新築マンションにそうそう勝てないから、高齢者や子育てが絡む新しい空間のかたちが出てくる。こちらは一つ目と道と組み合わせて進んでいくのがよい。

さびれた商店街は不良資産のようにも見えるが、中心部に立地する既存建物群は「使える資産」ではある。だが問題はルミネやモールなどと違って、コンセンサスが進まず、改革の意思決定ができない。ゆえに変われず、全体最適に向かうアップデートが起こらない。その点は明らかにハンディである。ハンディは解消するに限る。幅広いコンセンサスをとるにはパブリックセクターの強い推進力が欠かせないし、実際にミクロにコトを動かしていくには信頼のある新しいプレーヤーが必要である。各地の家守会社などがそれを担う。

こうしたことは本来、往年の栄華を享受した世代たちが自ら根本的な改革をリードできればいいのだが現実はなかなかそうもいかない。新しい時代の発想で若い世代の小さい動きと行政の大きな決断が合流していく道が現実的に思える。そうして商店街自体もスケールダウンしながら集中化を進め、それにこぼれるところは徐々に居住化を進め、全体として新しい旧市街に移行していく。少なくとも「賑わいを生むための補助金」とかでイベントをやっているだけではことは進まない。

こういうことはいったんいいモデルができれば早いと思う。一人一人の小さな前進がなければ何も起こらないが、小さな前進が生まれているならば、それを最大限レバレッジすべく未来像を戦略的に描いて、皆でぐいぐいやるしかないのだと思う。言うは易しで実際は大変な道ではあるが・・



古いもの

December 4th, 2017

映画「築地ワンダーランド」を改めて見てみた。やはり僕にとって印象的なのは、80年前の新築時の市場の風景であった。新築だから建物はピカピカであり、いま言われるようなレトロ感なんてものはもちろんないが、多くの人々がそこで始まる新しい世界にわくわくしている様子がうかがえる。

そのとき生まれた大規模な施設は、物理的にももちろんインパクトや感動があったのだろうが、そこに見える骨太さというのは、単に新たな「施設」をつくったのでなく、それまでの日本橋の魚河岸とはうって変わった新たな機能とシステム、つまりその先の時代の環境、ニーズに合わせた新しい食品流通のかたちをつくったということだ。

そのかたち自体が時代の要請に応える骨太なものだからこそ繁栄し、80年間持続した。ゆえに愛着も生まれた。築地の風景に人間らしさを感じるのは、建築が人間らしいからではない。そこで動く人々の行為が人間的であるからである。だがそれは実は、80年前に生まれたかたちが続いているからだと言える。その時代の人々の仕事や行為は、今の時代に生まれるものからすれば全てが”人間的”に見えるはずだから。

建物は長い時間が経てば老朽化する。何がしか手を打たなければならないし、なんでも保存すればよいというものではない。引き継ぐべきものの議論と、「これからのあり方」は何かという議論があり、そのバランスで決まる。だから築地や豊洲の話というのも「市場がどうあるべきか」でなく本来は「食の流通が今後どうあるべきか」を問うことからスタートすべきものである。

そしてこれは築地に限らない話として、古いものを残すことの意味とは何なのか。建物も、街割も、記憶や文化も、残すことの意味とは何なのか。これは意外と言語化・共有化が十分にされていないのではないかと思う。

ある場所をどうアップデートするか?という場面においていくつかの軸がある。あるものを残すべきか否かという議論、その場所の持つ価値を本質的に活かすための可能性についての議論(そして市場のようなものであれば、そこに存在する機能やシステムの未来についての議論もある)。

誰が見ても歴史的な文化財と感じるものはともかく、そうでもないけど多くの人が残ってほしいと思うものについては、それを残すには日本では理由のロジックが要る。そのクリアな説明が存在しないから、多くの場合は消えていく。状況に任せて消えていくものの多くはそれでよいと思えるものではあるが、本来残すべきだったのではないかと思うものはやっぱりある。

建物保存の意義についてぱっと調べてみると「人間社会の文化的向上」といったような言葉が出てくる。たしかに文化性、文化的精神を価値あるものとするのは歴史的に正しいと考えられているし、利便だけが向上して文化的なるものが一切引き継がれない世界は豊かなものではないという共通感覚は確かにある。だが、この100年に関する限り、その認識は薄くなっていた時代だったように思える。それが100年後にどうなるのか。これはおそらく一定のサイクルで循環するものではないかと思っている。

いま、特に民間企業で働いて生きている多くの人にとっては、経済的なプラスマイナスを指標として物事が決まっていくのは自然当然である。経済的なプラマイに反する判断には理由が必要となる。だが、長期的な観点からするとそれはあくまで判断軸の一部であることも事実である。文化的であること、歴史・時間を感じること、それらは直接的に人間の心情・感覚にプラスに寄与するのに加え、観光や、都市の魅力という媒介を通じて経済に寄与もしていく。あとはその度合いの問題、個別の判断になるわけだが、少なくとも30年後や100年後に何を残すべきかという目線を社会は持つべきである。人間がもし、古いものや世代・時間を超えて引き継がれたものに魅力を感じなくなるならば保存の正当性は下がるだろうが、おそらくそうはならないだろう。人は永遠に、未来にも歴史にもときめき続ける。

先日、伝統について語ったなかなかいい文章を見つけた。いわく、伝統は残ったから伝統なのであり、ただ古いから伝統なのではないという話だった。残るだけの価値を認められてきたから偉大さがある。そして残ってきたのは愛されてきたから。愛されたものは、機能的な意味での「必要」を超えて残る。多くの人が残したいと強く思うものは、人間にとってそもそも価値がある。結局は人の思いのレベル、バランスで決まる。だから言語化は難しい。

例えばローマの街中に遺跡がある。別に美しい形態が残っているわけでもなく、ガレキの山のような遺跡も街のど真ん中に残されている。我々はそれを見てただ歴史・時間を感じるのであって、形が美しいから見るのではない。活用価値の高い空間をそうしておくのはロスもある。だがそれがあるローマは偉大だと人は思う。

一方でそこに、これから先の数百年に向けて新しい価値を持ち、また愛されるようになるものが新たにつくられたらどうだろう。時代時代に骨太なものが生まれていくことには正義がある。より良くなることに立ち向かうことは必要である。ただしそこに長い目線が関わるようにしなければならない。半端な古いものはもう要らないという人もいてもいい。ただただ残すべきだという人もいてもいい。いずれにおいても我々は、長い時間で物事を見て立ち止まり、意見の敵対する相手の立場や目線をイメージし、客観冷静柔軟に考えられるような人間である方がいい。いずれにせよ”いまここ”だけの評価でなく長期全体最適になるコトが起こっていくよう、残すことの価値波及についても、新たにつくるものの長期価値や波及についても、それらの本質と構造を把握するための枠組みや共通認識を開発しないといけない。そのへんを最近考えております。



ULIでの話

November 24th, 2017

先日、Urban Land Instituteのコンファレンスで話したことメモ。

ULIは米国ベースの不動産開発&投資の業界団体で、東京のコンファレンスもいわゆる投資ファンドとかの人が中心で、99%がスーツなのはわかってはいたが、我が一張羅のドラえもんコンバースで参加してきた。

外人投資家たちによるこれからの投資マーケットの話(動く金の単位が違いすぎてこの手の話は最近はもうついていけてないのだが)の後、僕らのセッションは、建築家の大江匡さんと、ディベロッパーの日本エスコンの伊藤社長、福岡地所の榎本一郎社長と僕で「ディベロッパーが見る20年後の日本の不動産」というお題であった。おいおい林はディベロッパーないじゃんかという問題があったので緊張したのだが、大江さんだってアーキテクトじゃんということでそこは気にしないことに。

福岡地所の榎本さんは、福岡という都市を強く魅力的にしていく戦略とその中での自社の役割を極めてクリアに考えていた。密度も自然との距離も食も含め、住む働くうえでのバランスや質が高いことを前提に、これから伸びる産業がしっかりした生態系をつくっていくために、ユニコーンを呼び込むのだと宣言。新たな制度をつかって中心部をきっちり開発する話や、OMAの重松さん設計のビルの話など。大きくなった後のユニコーンだけ狙っても厳しいから予備軍も呼ぶと。そのための環境をつくったからといって次々にやってくるほど甘くないが、びびっていたらはじまらない、そこのリスクは自らとるのだというディベロッパー魂は、さすがこれまで数々の面白い開発をやってきた福岡地所だなと思った。一郎さんとは10年以上も前、まだお互い30台前半だったころに仕事もご一緒し、夜は中洲をさまよって仕上げはマンゾクcity(検索しないでOK)に行くべきか否かを議論した仲だったような記憶もあるが、すっかり立派な事業家になり、これから彼が福岡を本物のマンゾクcityにしていくのだなと思った次第。
日本エスコンはマンションやホテルの開発を力強く進めている会社だが、伊藤社長は会った瞬間からこの人のことを嫌いになる人は絶対いないだろうなと思えるような温かさと器を感じさせる人であった。お話も、僕のように斜に構えることなく極めて真摯な経営者らしい話で、なるほど大きな事業を回していくディベロッパーのボスはこういう魅力が必要なんだなと思った。

大江匡氏は、もうだいぶ前にアトリエポジションからは距離を置いて、企業の事業課題を空間設計や関連サービスで解決していく組織事務所をつくった人である。最近増えまくっているファーストキャビン(いわば贅沢なカプセルホテル)の経営に加えて、さらにソフト寄りの飲食事業を始めるという。彼が語っていたのは、時代はどんどん変わり価値の在りかがどんどん変わるという話。汐留が開発されたのは、かつて船と電車でモノを運んでいたのが車に変わり、操車場がいらなくなったから。そういう時代なのに政府行政は縦割りで、それゆえに仕組みがスタックしていると。さらには相続税は自分の住む家の資産にはかけないで他の投資だけ課税するべき、等の話も。そのスキのない現実的な思考はさすがにおそるべしであったが「僕、林さんとこのtoolboxが好きでね、けっこう使ってるよ」と言われたのは意外で、嬉しかった。

僕は、某メディアのbest city rankingで東京が一位だったのがあって、そこのビジュアルが歌舞伎町だった話から、都市間競争力とかいって容積ばかり増やすんじゃなくて多様な顔を持つように誘導する政策をもっと持つべきで、そうしたことはきっと行政も理解が進むから変わっていくだろうし、ディベロッパーも自らそうしたシフトを制度的にも提案しながら自らのビジネスチャンスにタイムリーに取り込んでいくべきではないか、みたいな話をした。それから、都市計画の世界はテクノロジーの先読みが弱いから、そこを突くことに差別化機会があり、同時にそういう動きが社会システムをも前進させていくんじゃないかといった、ある意味では肉食側のポジションの話をしたのだが、僕としてのここでのスタンスは、金を動かす人たちがその資本を増やす行為の過程において、それが街を壊すようなかたちでなく、良くするような手段を打つことによって利益を生んでいってもらうためのアイディアやメッセージを発したいというものである。

この記事(http://www.rules.jp/detail.php?id=14)でも書いたように、ディベロッパーなどの事業主体が政治論理にも行政大義にもはまるような社会改善になる新たなモデルやルールを自ら提案しながら、一歩先をいく仕掛けによって自らアービトラージをとるような戦略は、企業と社会が共に前進する健全な姿ではないかということを話したりした。

そして榎本さんの福岡の話から思ったのは、福岡クラスの都市がこれから文化的にも豊かに続いていくにはハイテク寄りの新しい産業集積によって経済を回すのが正しい(というかそれしかない)のだろうということとともに、よりフォーカスした観光資源を生かして外来者への価値提供に力を注ぐのが適切な都市もあるし、それとは全く別の戦略で、小さく強く生き残るスモールストロングな持続性を追求する街もあるということ。

また、人々の感覚の変容の話として、リノベの購買層はもうかなり広がっているという話や、これからのユニコーン企業の人たちはもはや重厚でエスタブリッシュな空間に惹かれないだろうとか、そういう話をした。そして、不動産屋が不動産(ハコ)だけやって上場維持(→安定成長)し続けるなんてもう幻想なのだとか、かといっていきなりコンテンツも大変だから徐々にやるとして、wewokのような「ミドルウェア」をやっていくんじゃないかとか、そういうことを話した。もちろんこんな「言うは易し」な抽象論をふりかざすだけでなく、やって見せていかなきゃ、ということは自覚しつつ。



NYと東京

October 26th, 2017

先日あるイベントで、ブルックリンで活動しているプランナーと話す機会があった。ブルックリンというと、かつて危ない感じだったエリアがすっかりオシャレになって・・賃料も上がって云々、という類の話が多かったが、最近はテック系のネタが多くなった。造船や物流の施設なんかを再生したりしてIndustry cityやNewLabなどの大規模な拠点ができ、それらを中心としてテック系のベンチャーたちがどんどん集まって新たな生態系ができていると。(そしてその界隈では、技術やビジネスの話、あるいはエンジニアやビジネスマンの人たちが、いわゆるクリエイティブ界隈の人々やトピックとすっかり混ざっていってる感じがある)

そこで参加者から「日本だと湾岸あたりは同じような大規模オフィスやタワマン開発がやたらさかんで、ブルックリンのリバーサイド開発の流れとだいぶ違う感じですけど、その違いはなんなんでしょう?」と問われて以下のように答えた。

戦略性の違いですかねぇ。両方とも「都市の競争力を高めよう」っていう話なんだけど、東京の場合は都市再生特別措置法とかで「とりあえず容積率を上げる」ということをした。床を増やせばきっと強くなるという理屈。
ニューヨーク市はリバーサイドにイノベーション集積をつくろうとし、そのための場所をコンセプトを明確にして戦略的に開発し、国内外から頭脳を集めている。不動産投資の視点からすれば高層タワーをつくった方が短期的な利益はもっとも大きくなるわけだけど、そんなことは都市の競争力や経済を強化する上でのインパクトとしては知れていると。これから伸びまくる新しい産業を集める方がでかいっしょ、みたいな。
日本は土建勢力が強い政治的構造もあるだろうが、それを除いてもセンス的に問題がある。

日本ではよく、グローバルな都市間競争の時代だから東京には人がもっと集まるべきだ、的な話がよくある。自分としては東京にこれ以上人が集まってはいけないと言うつもりもないんだけど、人数が集まりゃ勝てるような類の競争かよ?!という話。別にシンガポールの人口が多いわけじゃないし。

この話は本質的にはハード的な規模より質であって、一定の質のために一定の数は要るという話であって、この順序が逆になってる話がいまだに多い。さらにいえば本来は、東京にはないけど地方にもあるもの(安いとか広いとかも含め)をうまく互いに生かすような全体の関係なりかたちなりをつくっていく発想であるべきなのであって、なのに「東京のイシューと地方のイシューは異なる」みたいな話になることが多いのは変な感じ。

品川や豊洲はまだしも、お台場とか有明みたいな場所にぽつんぽつんとマンションだけつくられていく東京のデザイン力・戦略性はやっぱりまずいなということで、いろいろ提案もしていきたいと思っております。



地方と公共空間

October 22nd, 2017

この間、各地方都市のR不動産のコアメンバーが一同に集まる機会があり、今回は鎌倉が会場だった。鎌倉はこれまで「稲村ガ崎R不動産」という名前で運営されていたが、最近、面白法人カヤックが資本提携によりその運営会社のメインオーナーになって、サイト名も「鎌倉R不動産」に変わることになった。

1日目の夜に、公開イベントとしてカヤックの柳澤さんに話をしてもらった。話のテーマは「地域資本主義」というもので、その考え方を自らカヤック社として体現すべく、鎌倉資本主義というのを追求していくという。上場会社でありながら、時価総額最大化とは矛盾しそうにも聞こえるキーワードを掲げているわけだ。さすが面白法人。現在の資本主義システムを修正あるいはアップデートしていく上でのコンセプトといったところだが、その実体が具体的に何なのかは模索中とのこと。基本的な考え方として「地域資本の最大化を目指す」ということが企業や自治体の一つの共通のベクトルとなると。中央の資本主義システムのサブシステムとして、あるいはそれに影響を与えていくような、いろんな仕掛け、仕組みが生まれていくのだろう。資金やその他リソースを調達する市場、あるいは通貨とかも・・・実体がまだ見えてなくとも言葉として引っかかるものがある。

僕は最近、地方の都市経営への興味が以前より増している。都会を離れて自然体な暮らしをしている素敵な人たちの話ももちろん興味があるけれど、一方で地方都市や小地域が、これからどのような経済構造で生き残るのか、その現実的なシナリオに関心がある。都市単位、地域単位の経済持続がどういう形で可能なのか。

小さなコミュニティやコンテンツをつくる人が増えるのは確実に力になっていくが、同時に既存のある程度まとまった雇用が維持されることも重要だ。ポートランドなんかでも、インテルやナイキがいなくなってしまったら街場のクラフトマンたちの仕事も大きく減らざるを得ないわけで。

僕は公共施設の活用・再生といったことをドライブするための仕掛けとしての「公共R不動産」にも若干ながら関わりつつ、リノベーションスクールにも時々顔を出しつつ、仲間たちと一緒に、公共施設再編再生を切り口に自治体の中長期戦略につなげていくためのシンクタンク&コンサルティング会社(セミコロンという)を最近つくったりした。

公共空間は量的にも再編していく必要があるのは当然だが、中身も変わっていく必要がある。単に多目的な集会場やただ空地と遊具があるだけの公園や保育所・高齢者ケア・図書館といった機能をばらばらに提供をするだけでなく、本質的にコミュニティのコアになるような場所となるためのソフトとしての質や、それを担保する体制と有機的な運営形態や空間のアフォーダンスなどが求められる。

街の中心にそうしたコアな場所が魅力的な形でつくられるとしたときに、僕はそこに地元の有力な企業たちが同居または隣接するような場所のメージを持っている。地方の生産拠点は海外シフトをしたり、営業拠点たる支店が撤退したりして、あるいはまた小売の総量が減ったり東京本社の大企業に商売が置き換わったりする中で、それでもたくましく地方でしっかり続いている企業、ビジネスがある。その中には今後いつなくなってもおかしくない雇用があるのも事実だが、将来にわたっても持続性や競争力を持ちうる産業は存在する。

これからも地方にあってたくましく持続発展しうる産業は何かと考えていくと、一次産業やIT関連などもあるが、2次産業でも例えば食品加工業などは有力と思う。山形で言えば豆のでん六だったり、千葉ならヤマサ醤油だったり、長野ホクトや広島のオタフクソースといった全国的に名の知れた会社だけでなく、多くの中規模の個性的な会社たちもたくましく続いていけるところがたくさんある。工業系でも伝統的なものはもちろん、諏訪のエプソンや金沢のIOデータとかみたいにテクノロジー産業も経済における貴重な存在であったりする。もちろん新しい打ち手として自治体単位で戦略的な規制緩和をして中央の企業たちのR&Dを呼び込むとかも並走すればいい。

公共の○○プラザにベンチャーのインキュベーション拠点つくります!もいいんだけど(大抵の場合あんまりよくないが)、都市の持続発展に寄与するようなすごいスタートアップやその生態系を生むというのは場所をつくるとできていくような簡単なものであるわけは当然ないし、そういうヤツらは○○プラザとか関係ない。

上に挙げたような規模感のある会社が強くあり続け進化していくことは地域にとってかなり重要で、それらの企業たちもイノベーションは続けていかねばならず、地元の優れた人材とともに都会で鍛えたビジネス人材たちがUターンやIターンして加わることが必要だろう。

そこで、そうしたまとまった雇用を持つ事業体が、子育て環境や情報刺激もある魅力的な仕事空間を持つことで人材を引き寄せるような選択を公民が連携してつくっていく。地元でたくましく頑張って全国や海外にモノを届け利益を上げている会社は仕事場として充分にチャレンジングなものだ。今の時代、都会の意識高き若者たちが地方にいくのは農業やゲストハウスやルゴリゴリのソーシャル系だけが答えではない。

東京でしばらく働いたあとに地元に帰って、地元の有力企業をより有力で面白くたくましくかっこいい会社として発展に寄与していくキャリアは今後脚光を浴びる気がしているが、ともかくそうしたモチベーションを高めることは街のためにもなる。そこで街のコアとなる公共施設はこれまでのイメージの「公共施設」の枠を解き、もっと柔らかく発想すべきだ。コア企業の仕事場も、公園も保育も高齢者ケアもライブラリーも、あるいはもしかすると教育期間や日常的な物品流通も、その最適な共存や連携を考えて重ねて配置し運営する。もちろんその運営も投資も公民で手を組んでいく。
その上で、そもそも都市の持続発展の戦略・ビジョンの根幹において、公と民が一定のスケールで連携しシナジーを生むような発想を持つのがよい。その象徴として、魅力や生産性や発信や出会いのコアとしての求心力ある公共空間(群)をつくっていく。都市単位の公民連携という感じ。

ただしそうした場所が単に大きなビルと空地で、○○センターと○○オフィスが重なっているだけでは話にならない。そこにイマジネーションとクリエイティビティが必要になる。空間体験としても魅力的でなければならない。いかにも公共っぽいオフィシャル感よりも、日常感やB面性を重視する。そしてもちろんそこから旧市街ともうまくつながるようにすべきで、むしろ発想は街のリノベ。

そもそも再開発というのは何を開発するかというと、それはもはや土地と建物ではない。新しいビジネスの生態系を開発し、同時に新しいコミュニティ価値の提供形態を再開発しなければ意味がない。こういうところには建築家の出番もあるが、適切な与件設定がされる機会がなかなかない以上、モノの形を描く者としても、そもそもそこに何があるべきかについて現実的な解をつくる思考も必要になる。

こうして偉そうなウンチクをたれているだけでなく、自分ももっと現場に出て行くことにする。具体的なかたちを描きつくっていくのは全然これからだけど、ようやく自分なりの地方都市への切り口が少しずつ見えてきた気がしております。



築地の話

June 22nd, 2017

築地豊洲の話について思うところを書いておくことにした。

先日の小池さんの方針に対しては、多くのディスりや多少の賛同意見が出ているようだが、とにかく世の中には部分的な情報や理解しかなくても自信をもって断定的な意見を言う人が多いんだなあと改めて思った。

印象意見を言うのは悪いことではないけれど、全体観なしに是否を断定するということは、判断に必要な視点が足りてないことに気づいていないパターンか、「細かく見るまでもなく明らかにこうだろ!」というパターンかどちらかなんだろう。でもそもそも最初からどっちかの味方ありき的な、バイアスのかかった意見が多いんだなあ、そういうのはダサいなあ、とは思った次第。

築地の話はこの2ヶ月ほど関心を持っていたので、この問題はかなり多くのポイントをよく分析しないと正しい判断には至らないものだということ、そして「客観的に明らかにこれがベストだ」と言える選択肢があるような単純なものではないんだということはわかってきた。

以前に僕はここ(http://atsumispeac.net/847)に仲間とつくったラフな仮説のようなものを書いた。簡単に言えば市場機能は基本的に豊洲へ、ただし豊洲は過剰サイズだから将来の民間賃貸も含めて運営収支を改善する工夫をする、築地はその文化価値(主として目利き価値)をなくさない方法を築地において追求したい、ただし(築地は)その大半の空間ポテンシャルを開発または権利売却によってできる限り回収する、というものであった。これは今回の小池方針と割と近いところがある。ただ、市場が築地に「戻る」なのか「戻る部分が多少あるかもね」なのか、そのあたりの意図がわかりにくいので、それによってだいぶブレる話ではあるし、そもそも自分の知ってる情報は不十分なので、ちゃんとした判断まではできないわけだけど。

僕は先日の小池方針については超総論的にはポジティブなんだけど、疑問や懸念不安はいろいろあるし、何にせよ小池さんの言い方・出し方はいまいちだったように思う。今回の発表に至る流れ、今回の話における言葉使い(ブランドって軽く言い過ぎ!とか、ワンダーランドってダサい!とか)もそうだが、今までの検討や発信のプロセスも含めて、やっぱり批判が湧いてもしょうがないよな、と思う。確かに一連の流れと言い方だと「選挙しか考えてないだろ」「中途半端で二兎追うんか」と、いかにも言われそうな感がある。でも僕自身は、この方針自体が保身だの選挙対策だのといったことだけでできたものではなく、都としてベストな判断をしようというまともなスタンスがあってのものだろうとは感じている。

不安というのは一言で言えば「ゴールの姿がちゃんとイメージできてなさそう」ということ。それは豊洲の今後の利用形態についてもそうだが、それ以上に築地の今後の開発にどのようなエッセンスと戦略が必要であるかの本質的なイメージがまだなさそうに感じること、そしてそれが良い形で見えたとしても、今の都の体制や構造的に、実現のハードルがめちゃ高そうであることも。僕は今回出た方針が、うまくできればよい答えになる可能性があるように思っているけど、下手するとだいぶマズくもなるものだと感じている。(むしろこの基本方針てDay1仮説だよねみたいな)

ともかくこの話はなかなかに複雑で、豊洲の収支にしてもシミュレーションの設定によって数字はかなりブレるし、市場機能以外のかたちまで含めるならばなおさらである。築地の再開発も、そのやり方次第で経済価値はめちゃくちゃブレるし(ただのオフィス開発とかじゃないので・・)、文化価値ブランド価値っていうのも長期的な潜在価値の算定はされていない。土地を貸したら地代160億とかいうのも多分もっと低い気がするし、もちろん未来の変動もある。築地売らないで金はどうするんだ!という議論にしても、バランスシート的な話で言えは土地で持つか金で持つかという話であって、あくまで利回り比較じゃんという見方もありえるだろう。もちろん都が築地土地を担保にしてもファイナンス不可能だというなら別だけど。

どのような形とプロセスでブランドの源泉(仲買の力)を活かしていくべきかも、市場機能を分けることがいかなるかたちで可能なのかについても、まだ具体性のある説明は見たことはないので、そこがわからないと安心はできないなといったところ。

築地豊洲の話は、そうした諸々の「まだ見えてない」前提次第でまだまだ大きく結論が変わってもおかしくない問題に思える。僕としてはそれらの色々なイシューについてどんどん検証と公表が進んで、長期的な最適解がやっぱりここにあるね!と思える状況に早くなったらいいなと思うし、自分でも掘ってみるつもりである。

話は戻るが、最初からどちらかに味方する前提の意見ばかりといのは、加計学園の話も同じだと感じている。自民党や安倍さんは、反対派が言うほど悪意に満ちてはいないように思う。たしかに公共事業を見ていると、ある程度「この案件はここがやるように仕向けていこう」というのがないと何でもかんでも「安い方で決まり!」となっちゃうね・・っていうのはいつも思うことではある。しかし今回のはコネや忖度の要素は少なからずあっただろうし、それは当然批判されるべきで、「政治とはそういうものだ、官僚だけに任せていては正しいことも進まない」と言ってしまっては世の中の成熟は進まない。ちゃんと批判して、でも突っ込むだけの野党もちゃんとディスされて、それらを通して選挙して、一時的には「あちゃ〜」的な政権になっても仕方ないとも思っている。

いずれにせよ市場の件は、面白く新しいなにかが生まれることを願ってます・・



都市デザインの話

April 25th, 2017

以下、ハーバードGSDの会議で話した内容。
東京をどうデザインするか、についての視点。主に建築家へ向けて

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僕は大学で建築設計を学んでいたとき、こう思いました。東京の殆どの建物は賃貸不動産あるいは分譲住宅など「プロダクト」としての建築でできていると。そしてそれらがあまり美しくない風景をつくっているのは、デザイナーのせいではなく、ビジネスの都合なんだろうと。そこで、なぜこうなるのか、構造を知りたいと思い、卒業後は経営コンサルティングの会社に行き、その後ニューヨークで不動産開発を学び、 日本のディベロッパーでファイナンスをやってから、2004年に起業しました。そのテーマは、日本の都市空間を人間的で色気あるものにすることで、機を見ながら色々な方法でそれをやろうということでした。

僕は都市の風景をつくっているのは3つの力だと捉えています。資本、技術、そして人間の欲望です。資本の動きと市場のルールが、人間の欲望を反映しながら建設行為を規定していきます。技術は生活のあり方を変え、人の欲望を変え、都市の形に影響を与え、同時に技術は資本を増やします。この3つのドライバーの総体を、我々はマーケットと呼びます。

この力学に縛られないピュアでポエティックな創造行為は、あるべきだと思います。ですが都市というレベルで語るならば、この3つの力に関するリアルな肌感覚、一定のリテラシーがない限り、都市の未来の姿を描くことは、不可能です。東京は、特に市場の力が強い都市であるにもかかわらず、日本の多くの建築家は、資本の力を”批判”し、テクノロジーにもさほど興味はなく、欲望はといえば3%の意識高き文化人の欲望について語る、といった状況があります。ゆえに残念ながら、日本の都市のデザインにおいて建築家は本来持ちうるはずの影響を及ぼさず、もったいない状態にあるのだと思います。

マーケットは現実の「与件」です。それを多少読み変えることはできますし、それに多少の影響を与えることはできますが、敵視したところで意味がないものです。資本主義システムがひっくりかえるのは恐らく早くて30年くらい先でしょうから、現実の力学を受け入れよく理解した上で、作戦を練る必要があるわけです。

マーケットがつくり出す都市をデザインする大事な手段の一つは、ルールをデザインすることです。マーケットは、長期的な全体の幸福を生むためには不完全なので、ルールは当然に重要です。都市というのは、一定のルールの上で、マーケットの力学でオートマチックにつくられていくのです。ディベロッパーもそのルールを忠実に守って一生懸命ミッションを果たす努力をしていると思っています。彼らが利益を出すと、株やファンドの利回りが上がり、それを持っている生保や年金のお金が増え、つまりは我々の資産が増えます。そのようにして資本のゲームに我々も参加している構造があります。よりよき都市をデザインするならば、ルールのデザインに我々はもっとこれに主体的に関わるべきであると思うようになりました。

さて、東京についての話ですが、東京はそもそもハイブリッドな都市として捉えたらよいと思っています。これはつまり、欲望の多様性を許容していくということです。そして一人一人も、その時々によって欲しいものが違います。

東京には、アトムな風景つまりメガ開発的な風景と、ジブリな風景つまりヒューマンスケールで懐かしい風景が混在するという見方があります。これは三浦展さんの言葉です。これらが共存、混在しているという状態は、欲望の多様性を表しているともいえます。この状態が面白い、そして幸福なんだというポジティブな捉え方です。
ともかく東京には、オルタナティブな、つまり隙間的な空間も残していくべきだと思っています。

「東京R不動産」という事業は、そのための戦略的アクションでもあります。東京R不動産は、化ける可能性のある倉庫や古いビルを発掘して、ネットで紹介するメディアですが、ビジネスとしてはそれらをユーザーに仲介する不動産エージェント業です。 ネットを使ってニッチな空間をニッチな人とつなぐことで、オルタナティブな空間の埋もれた価値を顕在化し、それらの空間を残そうということです。そしてポップな表現方法で幅広い人々に対してオルタナティブな価値観を伝え、一石を投じるものです。これまで6000件を仲介し、毎月数十万人が訪れています。 ここでは物件を、スペックでなく個性・キャラクターで評価しセレクトしています。我々がデザインするのではなく、そこにある空間の可能性を拾って、あとはユーザーに委ねるという考え方です。

つまりこれは流通から都市をデザインするものです。流通のあり方がモノの価値を変え、価値観にも一石を投じ、都市を少しずつ変えていくというわけです。流通のデザインも、都市デザインの一方法であるということです。

我々は建築や街を企画しデザインするプロダクションもやっています。 ここにおいては、経済価値と文化価値を融合共存させる解をつくることがテーマです。 特に日本では、クリエイティブであろうとなかろうと、マーケタブルなもの、市場性のあるものは繁殖していきます。マーケタブルでないものは、繁殖しないか、ひん曲げられて繁殖するかどちらかです。だから、これらを両立させたモデルを考えて提案開発しようということです。そして独自の流通を自ら持って組み合わせていくということをしています。

「toolbox」はリノベーションや内装のためのECです。大手メーカーの大量生産ではつくれないような、個別性や質感を持った素材やパーツ、職人サービスといったアナログな手段を、ネットで売っています。toolboxでは、建築と家具の間、デザイナーと職人の間、リノベーションと模様替えの間、オーダーメイドとレディメイドの間、といった隙間の領域に着目しています。テーマは、編集権をユーザーに移転させていくこと。ユーザーの自主性を促し、愛着という価値を増幅していくこと。この先は、データベースやデジタルツールも入れていこうと考えていますが、それはアナログな価値を増幅するためです。toolboxはある意味で、インテリアから都市生活における空間体験をデザインしていくための仕掛けと言えます。

都市をデザインする方法は、ゲリラなアクションも、プロトタイプとなる空間や場のあり方の開発も、パブリックスペースのデザインも、そしてルールのデザインも、流通も、さまざまなインターフェースをつくることも、含むものだと考えています。

今、ルールすなわち法律や条例、その運用のリデザインについて考えています。 例えば横丁の空間は本来、都市の経済価値にも一役を買う資産ですが、資本の力学としては高層開発に取って代われる宿命があります。これを残すための方法は、例えば東京駅でやったように、容積移転を適用できるようにすることと思ってます。そのように、経済と情緒を調停するためのルールのデザイン仕掛けていくためのメディアをいま準備しています。

ここからは、東京の都心の未来についての話です。まずはオフィスビルの話。かつてオフィスビルはいわゆる自社ビルでした。これが賃貸ビルとしてフロアごとに貸されて所有と利用が分離しました。このさきさらにビジネスや働き方が流動化すると何が起こっていくか。新しいタイプのワークスペースプラットフォームのようなものがでてきつつあります。一つの状況としては、ミドルウェアとでもいうべきプレーヤーが出てきて、彼らは丸ごと借りたビルの中に都市をつくります。保育所もバーやプールもできます。これの筆頭が2兆円の企業価値と言われ、ソフトバンクが3000億を投資したWeworkです。今は彼らはフリーランサー向けのコワーキングスペースの運営会社と思われていますが、彼らは去年あたりから、大企業を顧客とし始めています。 大企業はこれらの中にフロアごとでも気軽に入ったり出たりすればよく、内装工事も原状回復工事も、その都度やる必要はありません。 そうしたミドルウェア、OSのプレーヤーが、新たなmixed useを編集していきます。

商業はどうなるか。ショッピングがネットにどんどん移っていくと、小売業者たちは今のような家賃を出せなくなるので 路面賃料が下がります。するとカフェは路面に戻ってきます。残るリテールスペースは、ECのためのショールームのような場所となり、やがて飲食などとも融合してエンタメスペースとなっていくでしょう。それが渋谷や銀座を占拠します。

そして自動運転が当たり前になると、おじいさんやおばあさんも郊外のモールに楽に行けるようになっていきます。 今からウォーカブルシティをやるならば、それをどこでどうやるか、よく考えなければいけません。センサーやデバイスやAIが進化すれば、風景は固定された建築群ではなく、動き続けるものになり、体験の選択はどんどん最適化されていきます。

何が言いたいかというと、デザインの対象が、フィジカルからコンテンツ、インターフェースやOSになっていくということです。人間的で幸せな世界をつくるためにそれをどうデザインするか。資本や技術の力学と、多くの人々の欲求をイメージした上で動いていく必要があります。

そもそもすでに人々は、都市を建物によって認識していません。店や体験といったコンテンツと、パブリックスペースで認識しています。 そしてこれからの街は、機能よりも快楽(喜び)をつくることで生き残ります。ただそれは建築の快楽でなく、コンテンツの快楽とパブリックスペースの快楽です。新しいアーキテクトとは例えば、マーケットに対峙してコンテンツをデザインしてつくりあげるチームであるかもしれません。

携帯電話のフォルムをデザインしている時代は終わり、インターフェースとビジネスシステムをデザインしていく時代です。そこには「アーキテクト」が活躍できる大きなフィールドがあると思っています。僕は建築家たちの想像力を、都市デザインにもっと発揮してほしいと願っています。文化と利便をバランスよく維持しながら本当の長期全体最適を実現する、ハイブリッドで幸福な都市をつくっていきたいと思います。

まだまだやってないことが山ほどあります。
東京はめちゃくちゃ面白い街になれる可能性があると思います。

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