20170425

April 25th, 2017

以下、ハーバードGSDの会議で話した内容。
東京をどうデザインするか、についての視点。主に建築家へ向けて

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僕は大学で建築設計を学んでいたとき、こう思いました。東京の殆どの建物は賃貸不動産あるいは分譲住宅など「プロダクト」としての建築でできていると。そしてそれらがあまり美しくない風景をつくっているのは、デザイナーのせいではなく、ビジネスの都合なんだろうと。そこで、なぜこうなるのか、構造を知りたいと思い、卒業後は経営コンサルティングの会社に行き、その後ニューヨークで不動産開発を学び、 日本のディベロッパーでファイナンスをやってから、2004年に起業しました。そのテーマは、日本の都市空間を人間的で色気あるものにすることで、機を見ながら色々な方法でそれをやろうということでした。

僕は都市の風景をつくっているのは3つの力だと捉えています。資本、技術、そして人間の欲望です。資本の動きと市場のルールが、人間の欲望を反映しながら建設行為を規定していきます。技術は生活のあり方を変え、人の欲望を変え、都市の形に影響を与え、同時に技術は資本を増やします。この3つのドライバーの総体を、我々はマーケットと呼びます。

この力学に縛られないピュアでポエティックな創造行為は、あるべきだと思います。ですが都市というレベルで語るならば、この3つの力に関するリアルな肌感覚、一定のリテラシーがない限り、都市の未来の姿を描くことは、不可能です。東京は、特に市場の力が強い都市であるにもかかわらず、日本の多くの建築家は、資本の力を”批判”し、テクノロジーにもさほど興味はなく、欲望はといえば3%の意識高き文化人の欲望について語る、といった状況があります。ゆえに残念ながら、日本の都市のデザインにおいて建築家は本来持ちうるはずの影響を及ぼさず、もったいない状態にあるのだと思います。

マーケットは現実の「与件」です。それを多少読み変えることはできますし、それに多少の影響を与えることはできますが、敵視したところで意味がないものです。資本主義システムがひっくりかえるのは恐らく早くて30年くらい先でしょうから、現実の力学を受け入れよく理解した上で、作戦を練る必要があるわけです。

マーケットがつくり出す都市をデザインする大事な手段の一つは、ルールをデザインすることです。マーケットは、長期的な全体の幸福を生むためには不完全なので、ルールは当然に重要です。都市というのは、一定のルールの上で、マーケットの力学でオートマチックにつくられていくのです。ディベロッパーもそのルールを忠実に守って一生懸命ミッションを果たす努力をしていると思っています。彼らが利益を出すと、株やファンドの利回りが上がり、それを持っている生保や年金のお金が増え、つまりは我々の資産が増えます。そのようにして資本のゲームに我々も参加している構造があります。よりよき都市をデザインするならば、ルールのデザインに我々はもっとこれに主体的に関わるべきであると思うようになりました。

さて、東京についての話ですが、東京はそもそもハイブリッドな都市として捉えたらよいと思っています。これはつまり、欲望の多様性を許容していくということです。そして一人一人も、その時々によって欲しいものが違います。

東京には、アトムな風景つまりメガ開発的な風景と、ジブリな風景つまりヒューマンスケールで懐かしい風景が混在するという見方があります。これは三浦展さんの言葉です。これらが共存、混在しているという状態は、欲望の多様性を表しているともいえます。この状態が面白い、そして幸福なんだというポジティブな捉え方です。
ともかく東京には、オルタナティブな、つまり隙間的な空間も残していくべきだと思っています。

「東京R不動産」という事業は、そのための戦略的アクションでもあります。東京R不動産は、化ける可能性のある倉庫や古いビルを発掘して、ネットで紹介するメディアですが、ビジネスとしてはそれらをユーザーに仲介する不動産エージェント業です。 ネットを使ってニッチな空間をニッチな人とつなぐことで、オルタナティブな空間の埋もれた価値を顕在化し、それらの空間を残そうということです。そしてポップな表現方法で幅広い人々に対してオルタナティブな価値観を伝え、一石を投じるものです。これまで6000件を仲介し、毎月数十万人が訪れています。 ここでは物件を、スペックでなく個性・キャラクターで評価しセレクトしています。我々がデザインするのではなく、そこにある空間の可能性を拾って、あとはユーザーに委ねるという考え方です。

つまりこれは流通から都市をデザインするものです。流通のあり方がモノの価値を変え、価値観にも一石を投じ、都市を少しずつ変えていくというわけです。流通のデザインも、都市デザインの一方法であるということです。

我々は建築や街を企画しデザインするプロダクションもやっています。 ここにおいては、経済価値と文化価値を融合共存させる解をつくることがテーマです。 特に日本では、クリエイティブであろうとなかろうと、マーケタブルなもの、市場性のあるものは繁殖していきます。マーケタブルでないものは、繁殖しないか、ひん曲げられて繁殖するかどちらかです。だから、これらを両立させたモデルを考えて提案開発しようということです。そして独自の流通を自ら持って組み合わせていくということをしています。

「toolbox」はリノベーションや内装のためのECです。大手メーカーの大量生産ではつくれないような、個別性や質感を持った素材やパーツ、職人サービスといったアナログな手段を、ネットで売っています。toolboxでは、建築と家具の間、デザイナーと職人の間、リノベーションと模様替えの間、オーダーメイドとレディメイドの間、といった隙間の領域に着目しています。テーマは、編集権をユーザーに移転させていくこと。ユーザーの自主性を促し、愛着という価値を増幅していくこと。この先は、データベースやデジタルツールも入れていこうと考えていますが、それはアナログな価値を増幅するためです。toolboxはある意味で、インテリアから都市生活における空間体験をデザインしていくための仕掛けと言えます。

都市をデザインする方法は、ゲリラなアクションも、プロトタイプとなる空間や場のあり方の開発も、パブリックスペースのデザインも、そしてルールのデザインも、流通も、さまざまなインターフェースをつくることも、含むものだと考えています。

今、ルールすなわち法律や条例、その運用のリデザインについて考えています。 例えば横丁の空間は本来、都市の経済価値にも一役を買う資産ですが、資本の力学としては高層開発に取って代われる宿命があります。これを残すための方法は、例えば東京駅でやったように、容積移転を適用できるようにすることと思ってます。そのように、経済と情緒を調停するためのルールのデザイン仕掛けていくためのメディアをいま準備しています。

ここからは、東京の都心の未来についての話です。まずはオフィスビルの話。かつてオフィスビルはいわゆる自社ビルでした。これが賃貸ビルとしてフロアごとに貸されて所有と利用が分離しました。このさきさらにビジネスや働き方が流動化すると何が起こっていくか。新しいタイプのワークスペースプラットフォームのようなものがでてきつつあります。一つの状況としては、ミドルウェアとでもいうべきプレーヤーが出てきて、彼らは丸ごと借りたビルの中に都市をつくります。保育所もバーやプールもできます。これの筆頭が2兆円の企業価値と言われ、ソフトバンクが3000億を投資したWeworkです。今は彼らはフリーランサー向けのコワーキングスペースの運営会社と思われていますが、彼らは去年あたりから、大企業を顧客とし始めています。 大企業はこれらの中にフロアごとでも気軽に入ったり出たりすればよく、内装工事も原状回復工事も、その都度やる必要はありません。 そうしたミドルウェア、OSのプレーヤーが、新たなmixed useを編集していきます。

商業はどうなるか。ショッピングがネットにどんどん移っていくと、小売業者たちは今のような家賃を出せなくなるので 路面賃料が下がります。するとカフェは路面に戻ってきます。残るリテールスペースは、ECのためのショールームのような場所となり、やがて飲食などとも融合してエンタメスペースとなっていくでしょう。それが渋谷や銀座を占拠します。

そして自動運転が当たり前になると、おじいさんやおばあさんも郊外のモールに楽に行けるようになっていきます。 今からウォーカブルシティをやるならば、それをどこでどうやるか、よく考えなければいけません。センサーやデバイスやAIが進化すれば、風景は固定された建築群ではなく、動き続けるものになり、体験の選択はどんどん最適化されていきます。

何が言いたいかというと、デザインの対象が、フィジカルからコンテンツ、インターフェースやOSになっていくということです。人間的で幸せな世界をつくるためにそれをどうデザインするか。資本や技術の力学と、多くの人々の欲求をイメージした上で動いていく必要があります。

そもそもすでに人々は、都市を建物によって認識していません。店や体験といったコンテンツと、パブリックスペースで認識しています。 そしてこれからの街は、機能よりも快楽(喜び)をつくることで生き残ります。ただそれは建築の快楽でなく、コンテンツの快楽とパブリックスペースの快楽です。新しいアーキテクトとは例えば、マーケットに対峙してコンテンツをデザインしてつくりあげるチームであるかもしれません。

携帯電話のフォルムをデザインしている時代は終わり、インターフェースとビジネスシステムをデザインしていく時代です。そこには「アーキテクト」が活躍できる大きなフィールドがあると思っています。僕は建築家たちの想像力を、都市デザインにもっと発揮してほしいと願っています。文化と利便をバランスよく維持しながら本当の長期全体最適を実現する、ハイブリッドで幸福な都市をつくっていきたいと思います。

まだまだやってないことが山ほどあります。
東京はめちゃくちゃ面白い街になれる可能性があると思います。

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20170420

April 20th, 2017

こないだの週末、リノベサミットで即興ユニットワークをやったのだが、そこでの題材は築地市場だった。市場機能を残すことは必ずしもありきではないという前提で、築地市場をリノベするとしたらどうする?というお題をもとに、現場ヒアリングを経て数時間でプレゼンをつくるというものだった。以下はそれを通して思ったこと。もちろん全てはDay1仮説のレベルなので、異論や突っ込みはもちろん歓迎ということで。

僕らのチームとしては、市場機能は基本的に豊洲に移転した上で、築地には今の市場とは異なる新しいかたちの場(マーケット)をつくり、さらに開発を加えるものになった。建物は部分的に既存活用もするし今のゾーニングも多少踏襲するが、多くは建て替える前提である。

築地と豊洲の問題については、土壌の安全と安心の話で騒がれているが、もともと僕自身は、安全問題はもうクリアしているとの認識で、これについては過去の意思決定や情報共有のあり方についての検証はしておくべきだろうね、という考えだった。この話については、経済目線寄りの人はもういいから移ってしまえと言い、逆寄りの人は感覚的に反対に回るという、まあいかにも的な感じになっている。今回は、運用収支がかなりの赤字で、ライフサイクルコストを考えるとかなりヤバいんじゃないかという話があるうえに、もしかしすると計算上は、築地をコストセーブしてつくり直して、豊洲はあらためてタワー複合開発でもすれば収支はその方がいいかもしれないといった話が出たりするもんだから、移転当然という人たちも「ん?そうなん・・?」みたいな雰囲気も若干出たりしているようだ。

だが今回、現場や関係者の話を短時間ながら聞いてわかったことは、むしろ問題とすべきはさらに別のところにあるということだった。東京の未来を考えたとき、市場はさくっと移転してOK、それでこの話は終わり、ということにするのはやっぱりちょっとよろしくなさそうだ、ということである。

まず一つの問題は、豊洲の配置やゾーニングの計画が相当イケてないということ。「まあ、そうかもしれないけどさ、移転やめるってレベルじゃねーだろ」というのが一般的な感覚なのだと思うけれど、僕の感想としては「移転の仕方」や「使い方」をもっと考えた方がよさそうだ、という感じであった。

今の築地は、言うまでもなくだいぶ老朽化しているし衛生的にも前時代的状況である。だが同時に、配置や流れはある意味よくできていて、なかなかに効率性が実現されているという話があって、これは現場で聞いていて確かに納得感があった。

築地では、長い時間でつくられてきた暗黙知のようなものが蓄積されており、秩序なき秩序というか、少なくとも今までのやり方の中で、車やモノの複雑な流れがうまく処理されるような状況ができている(だからといってそれが今後に向けてもベストだと言うわけではないが)。そしてその秩序や仕組みの中には、築地が世界から評価される「技、目利き」の力を生かすシステムが内包されているということがあるようだ。僕にはそのことをうまく説明できるだけの情報整理はできていないんだけれど。

豊洲はどうかというと、今の築地とは別の仕組みや形において、機能や価値が大きく前進していればいいんだけれども、売場は少ししか増えてない割に廊下がすごく増えていて各機能がフロアも含めて離れている等、買いに行く人にとっても売る人(=運んで積む人だったりする)にとってもデメリットがめちゃくちゃ多いらしいのである(これは特に移転反対派とかでないユーザーコメント)。そして築地に存在する高度な目利きと技が発揮されにくい状況になりそうだとの話だった。これはおそらく仲買が生き残りにくくなるとか、こだわりある小規模バイヤーにとって使いにくいとか、そうした部分の話だと思う。まあ要するに豊洲の建築計画上の与件設定がひどかったということなんだけれども、それは公共建築の世界ではまあよくある話だろう。だが少なくとも、深く広い視野をもった上でのデザイン思考はそこには見られず、機械的、積み上げ的に計画されたということのようだ。

豊洲に移ると仲買(仲卸)にとってはやりにくくなる要素が多く、下手をすると仲買というもの自体が消えていくかもしれないという話がある。ただこれについては、そもそも築地でもすでに仲買(仲卸)はどんどん減っていて、それは流通の変化の中での必然的な流れでもあるのだろう。大手スーパーなどのシェアがどんどん上がり、しかもそれらは市場を経由する必要すらなくなりつつある。市場で買うプレーヤーたちも、仲買を通さずに「卸(荷下ろし)」から直接バルクで買う流れが増えていると。築地に買いに来ている個人店たちの中でも、生産地から直接買うものも増えていると聞く。

これは何を意味するか。一つには、豊洲も必要面積が減っていきそうだということ。さらに言えば、リアルな空間としての市場というもの、一箇所に集まった食材市場というものの意味自体が徐々に失われていくということではないのかと思ったのだ。つまり、豊洲もやがて「余る」わけだ。ゆえに、償却前でも年数十億といわれる運営赤字ももっと下げられるということになる。いずれにせよ先々に向けた利用形態のシミュレーションもしておいた上での適切なる移転が必要ではないかと思えてくる。

中規模・大規模の流通にとっては築地よりも豊洲が望ましい面は多いのだろう。だがもしかするとやがて、大資本流通の企業たちの都合を考えると、豊洲を彼らが自社の物流センターとして賃借して使うような、つまり貸し倉庫業態に転用していくようなイメージが合理性を持つこともあるのかもしれない。

さて築地に話を戻すと、ここにある文化やブランドをどう引き継ぐかということは、経済戦略上も無視すべきではないはずである。築地のリノベーション案というのは必ずしも今の市場機能を全て築地に残すこととも限らない。リノベーションというのは、そこにあるもの(ハードとは限らない)を残しうまく活かして形をアップデートすることである。豊洲ではこの文化やブランドといったものを全て引き継ぎ進化させることは難しいだろう。全てを更新するというのは往々にしてそういうものだ。それをスクラップアンドビルドという。

こうした仮説を立てるなら、そのとき築地をどうするのか。僕らのチームがつくった案のラフな筋書きはこうだ。
築地は、質の高い、ある意味属人的な、こだわりのニッチ流通が残るとともに(それは今の流れ・やり方をただ絞るということではおそらく、ない)、食文化の創造や発信の場、エンターテイメントの空間となる。多くの物量は豊洲に行くから、ここを流れるモノたちは特別なモノたちである。もちろんここに生まれる流通は、今までの市場のシステムや機能・価値とは異なるものである。
大通りに接するあたりから現在中央にあるオープンスペースのあたりにかけてはモロッコのバザールのようなカオティックな空間がある。そこでは人々が食べる、買う、遊ぶ、発見する、といった様々な体験がある。(このへんは詰められてないけど)。

そしてキモになるのは、敷地の中央地下にひっそりとつくられる、サンクチュアリ(聖域)と呼ばれる空間。そこは究極のラボであり、世界的価値を持つ技や目利きが存在し、そこで最高のブツが加工されたり出されていく場所。限られた人しかアクセスできず、普通はここを見ることはできない。そういう神の領域のような場所。
そして流通フロアの上部は大きな広場であり、わずかに残された古い構造や建物も見え隠れしている。そして川に近い今の卸ゾーンのあたりは尾根のようにむくれ上がり、中高層のボリュームとする。その中は住居も宿泊も職人のアトリエ的な空間や学びの場も、キッチハイク的な体験など、いろんな場所が混在する不思議な九龍城のような空間群にする。この部分の開発は、空中権売却との組み合わせで収支の帳尻をつけるための戦略要素でもある。(注:空中権売却は他チームの案からここでパクって入れたもの)

そうしてここに、築地の目利き・技、ブランドを一層研ぎ澄ませて価値を生み発信していく拠点、人の心と五感を刺激する文化的エンターテイメントをつくる。場所の価値がトガり続けるために、ここでは様々な法規的な特例がつくられ、特殊な社会圏、自由自治区ができていく。志高き個人店も、腕利きの職人たちも、それぞれの意味を持ってここに集まる。モノも人も、世界から集まり、築地の粋を研ぎ澄ませた、世界が見たい日本の食の象徴空間を創り出す。

・・とまあ、言うは易しなイメージシナリオをだだっとつくって語ってみたわけだけれど、もちろんこれをやるのが東京としてベストです、と言えるような検証をしたわけでは全くない。そして当然出てくるのは「で、どうすんねん」という話である。

簡単に言えばこういうことだろう。まず、豊洲の使い方について、最適化シミュレーションをする。ライフサイクルコストをはじく。あくまで客観的に、それも流通の今後変化を織り込みながら。一方で、築地に全ての機能を残していくシナリオも、比較案としてつくっておく。そのときの豊洲の活かし方と、全体としての経済分析をしておく。そして、上記で語ったような第三のシナリオを、想像力を持って戦略的に詰めてみる。現実可能な法規変更も含めて検討し、長期的な経済シミュレーションにも落とし込む。それらを一定の精度の範囲でふまえた上で、あるべき道を決める。といった感じ。

いずれにせよ、これから流通は今までと形を変え、二極化的な方向に進んでいくだろう。この先必要となる市場とはいったい何なのか。本来そこまで考えて解がある。ネットも宅配便もなかった時代、今のような大資本流通もなかった時代には、こういうリアルスペースが必要だった。かつて生活のために必要なモノを人々が買うのもこういうリアルなマーケットだった。もちろん、今の時点でも現実的でそこそこ最適な解が豊洲だと考えている人もいるだろうし、もしかしたらそれはある程度は正しいのかも、しれない。ある程度は・・・

そもそも土壌問題が出てこなければ、さくっと豊洲に移転するだけだった。それでも世間的にはまあ大した問題も起こらず、面白くはないけどそういうもんだよね、というよくある話だっただろう。そしてやがて色々と悩ましい事態はでてくるけれど、それなりに対処していく。そして「築地」は消える。そのエッセンスは他のどこかで何らかの形で引き継がれていくと思っておこう、といった具合である。

結論がどうなるにせよ、僕は今回のユニットワークを通じて、このままただスクラップアンドビルドを進めることに抵抗を感じるようになった。東京都の中で行われている築地リノベ案についても「そんなこと今やってどうすんの?」といった、ただ冷めた目線で見るべきではないように思えた。オロオロしている間に生じる損失をどうするんだ、という話もあるだろうけれど、他の「見えざる損失」よりもその期間のロスの方が大きいと証明することも、一方で誰にもできていないのではないか、とも思えた。

市場のことをよくわかっている人たちからすればツッコミどころばかりの話かもしれないが、自分にとっては都市のアップデートに関する学びを少なからず得たのは確かだった。これについてはこのあと、嶋田洋平のリードで何らかのアクションをとることになっている。

ちなみにユニットワークは3チームでやったのだけど、ウチの宮部らのチームに負けてしまい、賞品の韓国旅行は逃してしまったのだった・・うぅ。



2017.04.10

April 9th, 2017

去年から先月にかけて、若者たちがとあるマンションのコミュニティ問題の解決を考えるという場があって、それにゲストメンバーとして関わっていた。このあたりの話はもともとあまり強い興味はなかったのだけど、最近は自分の親が85歳になって高齢者施設に入ったことなんかもあって関心が増しているところだった。そこでのお題は、そのマンションの住民の方々の意思もふまえて、コミュニティカフェを企画してつくろう、ということになっていた。コミュニティカフェという言葉自体は個人的には若干ムズムズする部分はあるものの、やりたいと思う人たちがそこにいるならば一度関わってみようと思い、話に参加していた。

その中で僕がふと思ったことの一つは、こういうのって往々にしてリア充の世界なんだな、ということだった。元々まちづくりとかコミュニティといった世界は「ほっこりリア充」とでもいうべき、ある種の草食価値観(いい意味で)とある種のリア充性をあわせ持った人たちが登場することが多く、それは自然なことでいいのだけど、そのこと自体を少し意識してやった方がいいかもしれない、と思ったのだった。

ところで僕は、中学2年の頃とその前後数年の間、いわゆる根暗マイナーなキャラだった。学校ではほとんどしゃべらず、わいわい話す友達が少ないヤツ。自閉症とまではいかないものの、うまく明るくふるまうことができず、それはなかなかにツラい日々だった。マイナーキャラの中には、それを気にもせずマイペースにそうあり続けている人もいたが、僕はあくまでメジャー(それは例えばサッカー部やバスケ部のマセてる系の面々。女子でいえば例えばダンス系にマイナーはほぼいないだろう、みたいな)にあこがれ、自分も少しでもメジャーになりたい!そしてモテたい!と強く思っていたタイプだった(当時はメジャーでさえあればモテるはずだと本気で思っていた・・)。そして影ながらベースの技を磨いてバンドに入ったりメンズノンノを読み込んでみたり、さまざまな涙ぐましい努力をしてリア充に近づいていったのである。今でこそそこそこリア充ぶってはいるけれど、マイナーの気持ちや視点はよくわかるのだ。

マイナー側の立場からしてみると、リア充な人々の集まりに入っていくのはとても難しいものだ。だから、リア充が寄り集まってリア充なイベントをやっていても、マイナー側の人々の孤独問題というのは決して解けない。参加しない人たちに徐々に声をかけて・・みたいな話も、実は決して近道ではなかったりするのである。

コミュニティカフェというのが単にやってる側の人たちが楽しいからやる、ならばそれは全然いいのだけど、もしマンションや団地におけるコミュニティ問題というやつが、孤独死の話だったり、防災的な意味も含めたつながりの必要性みたいな話であるとしたら、楽しげなわいわいイベントばかりに向かいすぎると、それはむしろマイナー側にいる人の一部にとっては、より自分のマイナー性を認識するだけかもしれないのである。そして同時に、ほっこりリア充な活動がやがてある種のソーシャリーコレクト感を生みすぎて、せっかくのいい活動が特殊な香ばしさを発し始めてしまったりすると、もったいないことになるという、偏見とも言われかねない個人的見解もあって、僕はこうして軽く毒づいてみたりするのである。

一般的に、ほっこりリア充の世界ではテクノロジーはあまり好まれない。孤独死を防ぐという意味ではテクノロジーはとても有効なのは間違いないのだが、そういう話がなんとなく出にくくなる空気が生じる。一人一人は別にほっこり原理主義なわけでは全然ないのだけど、ついつい「顔の見えるふれあいが大事」みたいな雰囲気でないといけなくなるのである。(いやもちろんこの話は全体的に半分冗談なのでマジ議論になってもアレなのですが・・)

こないだ、今や有名大家さんとして知られる青木純とこんな話をしていたら、なんとあの超リア充感満載でTEDのステージを飾る青木純も、本当はおれもマイナー側の人間なのだ、今でもパーリーに出るのはつらいのだ、と吐露された(ウケる)。そのときその場にいた他のメジャー出身な面々にはマイナー側の視点や心情がどうやっても共有できなかったにもかかわらず、彼はしっかりその感覚をわかっていたのである。 で、彼が言った。「そうだよね、リア充カフェとかってそこは解けないよね。なんか、保健室みたいなやつが必要なのかもね」と。まさにそういうことかもしれない。まあ僕自身は保健室常連系とかではなかったけど。

ところで上述の若者企画の場で僕がずっと一押ししていたアイディアは、ほっこり感たっぷりな雰囲気の女の子が発案したもので、それは全くわいがやオシャカフェでなく、もちろんイケイケバーでもなく、これまたほっこり感満載な「つくえ」というコンセプトだった。誰しも家の中では、読書とか裁縫とか、机に向かってやることが色々ある。そんないろんな机を散在させて、そこでは別にさわやかでノリノリのコミュニケーションはしなくてもよい。そしてそこに微かな仕掛けを挟んで行くと。マイナーのニーズにもきちんとはまるその考えに僕は共感した。そのアイディアを出した女性は大学生だったのだが、彼女はその後、自分の価値観の実践に向けて、最初の職場として迷いなくハイテク系の会社を選んだ。そんな感性を世の中は必要としているんじゃないか、と思ったりしたのだった。



2017.02.14

February 14th, 2017

最近、都市計画の分野の本を少しずつ勉強しているんだけど、これまでいかに自分が学んでこなかったかということがわかると同時に、この分野の仕組みや専門家の話が時代とずれている部分も少しわかってきた。

先週は偉い先生が都市マスタープランをいかに機能させるかを論じてる本を読んだ。マスタープランというのは、市区町村の街の姿を中長期的なビジョンとして描くものであるが、それが現実的な実効力をあまり持たないものになっていて問題である、ということが繰り返し書かれていた。そもそも市町村が一定の強制力を持って進められる構造になっていないから効力を持たないし、ゆえに誰も注目もしないと。確かに自分も含めて周りの人たちでも、自分が住んでいる区なり市なりのマスタープランに目を通したことがある人は少なそうだ。

そうした話を最初はふむふむと読んでいたものの、しばらく読んで徐々に違和感が出て来た。マスタープランが機能しないのは自治体への権限移譲が不十分な構造になってるせいだと言う話があるけど、それはすぐには変わらない所与の前提みたいな面があるだろうし、民間で経営する立場だったら政治体制や官僚システムの改善を期待するひまもなく、今の前提の中でワークする方法をすぐにでも繰り出すしかない。都市経営だとか言う以上は、もうちょっと現実をふまえないといけないのではないか?と思える。

で、そもそもマスタープランという考え方や言い方がもう違うんじゃないのか?と思いはじめた。今のある意味出来上がっている都市においては、行政側で識者と一緒に街の将来の絵を先に描いてマニフェストしても今やあまり意味がないのではないか?と。読んだところで内容がふわっとしているというのも確かにある。例えば新宿区のマスタープランで四谷地域については「歴史と文化の香りあふれ、多くの人が集まる夢のまち」とか、若松地域は「誰にもやさしい元気のあるまち」とか書いてある。戸山周辺は「生活交流の心」で、明治通りは「賑わい交流軸」だそうだ。なんじゃそりゃ。キャッチフレーズはまあよいとしても、具体的な部分でも優等生的なことしか書いていないし、風景や体験のイメージがわかない。インフラや大きな都市施設に関してはもちろん公が動かないといけないのは確かなんだけれど、「このあたりはこんな特徴を持ったエリアになる」といった定性的な話になると、そんなの行政が決めてその通りになるわけなくね?とか思ったりする。

地域の特徴とかアイデンティティというのは結局いつも市場(マーケット)の中で動いていくもので、市場でコトが動くというのは、個人なり企業なりがそれぞれに判断していくもので、その判断は不動産会社だろうとパン屋であろうと、収益見込みはもちろん、嗅覚とか個別の見立てとか、けっこう感覚的なものも含めた個別の意思の積み上げで起こっていくものだ。そこのマーケティングがベースになっていないと計画も間違える。用途地域を指定して「ここは近隣商業、ここは中高層住居・・」というのは結構な強制力があるのは事実だけど、それももうある程度できあがったものがあるわけで、ここからマスタープランを描いて、ルールに落とし込むということは行政のプランニングでどこまで適切に誘導できるのかというとかなり疑問。

もちろん行政には大いに役割があるし期待もあるけれど、街の進化や退化というのはとても有機的なもので、イメージ通り、ディレクション通りに進むわけはない。インフラや公共施設というものも、そうした有機的に起こっていく状況を見ながら後追いでやっていく方がいい気がする。だから、マスタープランというのはビジョンを先に規定するものではなくて、仮説に過ぎないわけで、あくまで仮説でしかないという前提で毎年毎年、現れたり消えたりする街のコンテンツや空気との関係で修正するべきものだと思う。

さらに言えば、マスタープランという代わりに「ポテンシャルマップ」みたいなものがある方がしっくりくるのではないかと思える。
すでにある現状を前提に、再開発目線というよりもっとリノベ目線に重きをおきつつ、ポテンシャルを描くためのもの。それが実際その通りになっていくかどうかは住民や事業者の意思や判断なわけだけど、それは偶然ともいえる具体のヒトの登場や出会いやスイッチの入り方によってコトが起こり、街がどっちの方向に振れるかも変わっていく。ポテンシャルマップには、住民なり企業たちが描き込んでいくことができ、ここはこういう場所だよ、こういう場所になるのがいいよ、おれここでこういうことやるから、ということを書き込んでいくイメージの仕組み。

住民や事業者による「ここはこういうエリアだよね」という認識レイヤーも、妄想レイヤーも、プレーヤーたちの実践がマッピングされていくレイヤーも、行政によるプランニングのレイヤーもあって、それらが公開されつつ、各レイヤーの整合性を漸次的に進めていくためのインフラとルールのマネジメントは行政の役割。そうしたマップの姿が街のアイデンティティを浮かび上がらせ、行政に望まれるインフラや施設のニーズも浮かび上がらせ、人の意思にスイッチも入れる。みたいなやつ。

産業の誘致も誕生も維持も、先に計画ありきではなく、むしろこうした状況の可視化と実装とともに起こっていく。言い換えれば、市場が先、マネジメントはむしろ後、みたいな。まあ現実はすでにそうなっているともいえるかもしれないけど。

ポテンシャルマップとマネジメントレポート、というセットがむしろ主役になっていて、それを公共主導の具体的なインフラプランとして支えていくのがマスタープラン、みたいな感じ。「マーケット」と「ストリート」からの発見をふまえて、マネジメントはそれを反映していく。そう考えると、行政や大学というのは、マーケットとストリートの両方からある意味もっとも遠いポジションだったりするので、実効力のあるプランを自ら先につくろうとするのはなかなか難しいのではないか。

ちょっと別の話になるけど、都市計画の話では「都市軸」とかいう言葉もよくでてくる。これも古いなと思う。大きな道路が都市軸だという前提で書いてあることが多いけど、本当の都市軸は狭い路地かもしれない。みんなの頭の中にそれぞれの軸があるともいえるし、動線や居場所というのは道路のスケールなんかとはむしろ対極にあったりする。

と、つらつら偉そうに考えてみたが、いずれにせよ確信しつつあるのは、専門家たちですら「もうかつてのパラダイムじゃないのだ」と言いながら意外と抜け出せていない面がまだあるのかもしれないな、ということ。自分もリノベスクールなんかから学ぶことが多く、考え方がどんどん変わっている気がしている。都市計画の発想を、パブリックがリードしなきゃという前提から、パブリックは並走するんだという根本的な立ち位置感覚に置き換える必要がある。
なんてことを思いながら今週末は岡崎のトレジャーハンティングで戦略づくりのとっかかりを考えることになっていて楽しみにしている。



2016/1/23

January 24th, 2017

昨日はかねてから本など読んで共感してきた都市計画の大御所である蓑原敬さんと色々話をさせてもらった。

ミクロな点を打っていくことは、いまの都市デザインにおいて戦術として有効性を増していること、同時にそのベースとして都市レベルの戦略ストーリーが必要であるという話を強調されていた。つまり、どういう都市・街をつくっていくのかというイメージ仮説を持っておくということ。そのとき、風景や物理的な構造としてのデザインという意味では、それは言語化したり現実性を持った絵にすることは今となってはとても難しいと感じているようだった。

それを聞いていた思ったのは、その戦略・ストーリーというのは実はハード環境に軸足を置いた話として構想しようとしても難しいのだということ。むしろ、生活像や日常のシーン、人間関係、仕事のあり方、遊び方、といったものこそが人々にとっての街の風景やイメージであって、それらを先に描くという手順であるべきだということ。

それはある意味で都市のコンテンツのあり方、又はあえて言えばSNS上に描かれる世界にも近い。それがどういう多様性を持っていくのか、あるいはその前提となる価値観はどういうものかを先に描く。空間の多様性を先に描こうとせず、人の生活像や生き方・価値観の多様性を先に描き、それをマスタープランであると捉えるのが今の日本の都市の計画手順ではないか。そしてその上で、それをサポートするハードを考える。ハードの姿は統合的なデザインを描こうとせず、有機的に変わり続ける中での暫定的な、そして同時に本質に近づく答えを、ある程度アドホックにつくっていけばいいのだろう。(その都市に生きる人々のストーリーのポートフォリオを描くという意味では、ポールオースターのナショナル・ストーリー・プロジェクトに似ているな、と思った。)

一方で交通インフラの設計などの話はどうなのか。これも実は同じことで、都市経営の視点からの分析をふまえながら、その街での生活像やその多様性のありようを描き、それを構造的戦略的に整理したソフトのマスタープランとして持ちながら、それをふまえてインフラも、現実的で魅力あるシナリオとしてデザインしていくべきなんだろう。

抽象的なアプローチ論のレベルではあるけれど、そこまでは自分の中で合点がいった。
そして僕は蓑原さんに、「自分は都市計画的な専門知識や知見に欠けていて、その領域では亜流なんだけれど、不動産や建築に関わる(投資と実需の)マーケットの力学に触れてきたことで得られた視点は多少なりとも意味を持つんじゃないかとは思っています」と言ったとき、蓑原さんは、「いや、むしろそれが本流だと言うべきなんだ。国家が主導した時代のかつての都市計画の知見は現在においてはむしろ亜流なんだ、くらいに堂々と言っていい」と言ってくれたことで、自分のこれからの役割へのイメージが少し進んだ気がした。民間、市民の立場で小さな点を打ったりそれをつなげたりするアクションは引き続きやりつつ、上に書いたようなソフトサイドのマスタープランをいろんな人とともに描きつつ、そして同時に人々の価値あるフィールドプレーを加速させるために、ルールを創造的にリデザインするためのアクションを同時にやっていく。蓑原さんと会う前、西村浩アニキとその3つめに関するアクションについて話したのだが、そこもちょっと見えてきたので、今年は少しずつ進めていくことにした。



2016/10/17

October 17th, 2016

この4日間、久しぶりに新島で過ごした。
初日から風邪気味でだるかったのに、船から島に下り立った瞬間にす〜っと体から何かが抜け出てスカっとした気持ちになって、あ、島に来たんだなと思った。未だに謎なこの現象。

しごとをつくる合宿というのをナカムラケンタが地元商工会とともに企画し、僕はメンターみたいな立場で参加した。総勢25人ほどのメンバーが3チームに分かれ、地域課題を解くための即興提案を二日半でつくるというもので、まあぶっちゃけ島の外から若者たちが訪れていきなり島の難題を解くなんてことができるわけがないんだけれど、それでも小さな町ではそういうことから何かが生まれて前進が起こるものだということは知っている。

参加者たちは数日のあいだ頭をフル回転させて議論したり地元の人の話を聞いたりプレゼンしたり飲んだり地元の人たちの素敵さに触れたりして、この場所に愛着を感じるようになって、それだけでもハッピーなことではあるけれど、この島で具体的なコトが進むという意味でもやっぱり前進は起こった。

一通りのプログラムが終わったあと、一息つきながら石渡君と話しているとき、今回みんなから出されたいくつかのアイディアと、参加者の若者と、最近島に戻ってきた一人の音楽家の女性と、2年前にやってきた飲み屋の大将と、そしてたまたまヒアリングを行った物件と、島の小さな会社と、僕らのシェア拠点と、それらを組み合わせることで動き出す一つのシナリオが浮かび上がったのだった。

何の細胞や作用が生み出すのかよくわからないけれど人の頭の中にアイディアというものが生まれる。それが人に伝達される。それに触発されて人にスイッチが入る。すると、何のどんな作用かわからないけど人は頭の中に自然エネルギーを生み出して、次なるアイディアやアクションを生み出す。そうしてスイッチの押された誰かと、少し進化したアイディアと、そして以前から近くに存在していた場所・空間といったものをつなぎあわせて編集してみると、面白く前進するコトの設計図が浮かび上がっていく。そんな瞬間の感覚はたまらない。

僕らは去年、宿+カフェ saroの営業を終えてから島の別の物件を仲間の6社で借りて、サテライト仕事場兼保養所のようなシェアセカンド拠点をつくった。ここを島の人たちもいろんな形で使える場所にしようと思っていたけれど、イメージ通りにコトが進むには何かのピースが足りていなかった。今回この場所で皆と飲み語りながらも、合宿の最中にこの場所を使ってどうこうということは全く考えていなかったのだけれど、振り返ってみるとその足りなかったピースが見えてきた。小さな一歩から大きな課題解決につながるストーリーの一部にこの場所も活かせる、と思えたことは自分にとっても収穫だった。自分はこの島であまりお金は儲けていないけど、相変わらず大きな学びと喜びをもらい続けている。

ところで今回、複数のチームに共通していたのは、公共施設と民間のソフト運営を重ね合わせる考え方だった。公共施設はただ公共施設としてつくられても機能しきれず、一方でソフト運営のためのハコであったり、ソフト運営における幅広い動員集客には公共性が意味を持ったりもする。人口の小さい地域ではきっとこの考え方は有効で、”上”の人たちともその意味をしっかり共有できたらと思う。

ところでもうひとつ嬉しかったのは、新島に新しい宿ができたこと。今までも色々お世話になっているクミさんが一念発起して古い物件をリノベしてできたHostel NABLA。この秋にオープンする予定だが、想像していた以上に魅力的な空間になっていた。これまでになかったいろんなことが起こっていく場所になるだろう。僕らのsaroに影響されてこれをやろうと思ったとクミさんに言われたのは本当に嬉しかった。



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2016/4/5

April 6th, 2016

昨日は、ライゾマ斎藤精一氏、noiz豊田啓介氏、wired若林恵氏と一緒に「これから建築は何を設計するのか?」というwired主催のトークイベントで話しました。やってる方がとても楽しかったのですが、長過ぎ!結論どうなんだ!という意見もあったようですみません。まあ若林恵という人は基本的に定義したり整理したりするのをあえてしないタイプの編集者なので、それに甘えて放談してしまいました。もちろん僕が建築の領域論とか語るのもアレだし、あと2人もデジタル系(?)で、そもそも全体観を持ったフレームを議論とか無理あるんですが・・

で、改めて確認したことは、
技術は美学の基準が変わるきっかけになるわけだけど、いまキてる技術はグニャグニャ建築もムーバブルも増殖もリユースも、かつてより俄然コスト下がるし、そうすると今までの美学美意識も超えていくかもねという話とか。
デザインの対象はハードからオペレーションや、メディアや流通、不動産、法律・ルール、経営戦略、教育・・・と周辺に広がらざるを得なくて、それらを境界的にシームレスに捉えてやる方が結果的に強度を持つこと多いっていうこと。その中でどういうアングルをとるかは100人100様だよねっていうこと。新しい技術や情報環境に疎いと建築の持てる力がもったいないことになるよねっていうこと。
場所空間、街、都市、世の中を少しでも自分の思う姿に近づけようとする戦略的処置みたいなものをデザインとあえて呼ぶならば、僕としては「建築家」は狭く定義していてもかまわないし、造形芸術のすごい人も◎だけど(むしろそれはデザインでなくアートって話もあるけど・・建築だとデザイン抜きのアートはないよね)、建築の職能や視点のあり方・タイプは増えるし無限にあるよねっていうこと。そしてそれが多様になったり広げる人が増えないと、建築の力も弱くなるんじゃないかっていうこととか。
けっこう話が長くなったのが社会的R&Dの話。いまいますぐにはベネフィットが見えない新しい技術や発想の研究開発から革新的な価値を生まれるっていう考えや動きが弱い日本はよろしくなくて、それは体制批判してもいまいちで、そこを見てる&やってる人が巧みに(騙すんじゃなくて)提案を仕掛けていこうっていう話で。メディアラボにしても企業が優位性を築くためにも協賛してるわけで、その価値をちゃんと提示できないとな、と。
僕としては、そういうR&Dと具体オペをしていくチームや仕掛けをやりたいという気持ちが強まったところがあります。
ここまでの話は聞いてた人の多くにとって当たり前な前提レベルだったのかもしれないので、そうだったら恐縮ですが、自分たちも含めてランダムな情報からそれぞれなりになにかボタンが押されるようなことがあったならいいな、というところです。
いずれにせよ、特に20代の人なんかは、今すでにある型を探して選ぶんでなくて、色々クロスオーバーして、例えば何かそれまでと距離のある領域ひとつを決めてしばらく突っ込んだりしていく中で、自分なりの発想や方法ができてくるようにやるのがいいんでないかと思う次第です。



2016/4/2

April 2nd, 2016

久々に、80代の両親や親戚と、かつてよく行った世田谷の北沢緑道に花見の散歩に行きまして。

ここは親が子供の頃は川で、ザリガニ釣ってたらしく。
僕が子供の頃はふさがれて暗渠の遊歩道になってた。
ひさびさに行ったら水が流れて植栽もあっていい感じになってた。

かつては・・
1
(これはもう昭和40年近いみたいで、その昔はもっと素朴だったみたい)

http://tanken.life.coocan.jp/setagaya/kitazawa.html

昭和後半は・・
2

http://showa.mainichi.jp/ikeda1960/2008/05/ik048490.html

いま・・
3

ある時は川と暮らし、ある時は川を埋めて、またある時は川を再生したり。

それぞれの時代なりの幸せや希望、価値を考えて人は動いていくと。

ところで一昨日は、下北から三茶の間を歩いていたら、三茶に近づくあたりの裏道に、小洒落た個人店がすっごい増えててびっくりしました。個人店の反逆は確実に大きな流れになっているなあと。一生懸命、効率と利便と魅力度を上げてがんばっているチェーン店が増えながら、一方で小さな個人店をやる新しい人たちが次々出てきて、失敗する人もいるけど、確実に支持もされていく。そしてそんな個人店の一部はチェーン化していったり。

いつになってもアナログな身体を持った人間は、アナログな価値に反応し、感性の豊かな人たちがつくる世界に出会って、魅了される。そんな出会いをデジタルが助けながら。



2016/3/30

March 31st, 2016

大阪市の特別顧問などやっている大先輩、上山信一さんの事務所で、これからの都市デザイン領域でできること、動き方などについて話を聞いてきた。ポイントだけメモ。

本来は地方都市では戦略やビジョンがすごく大事なんだけど、外からそれを提言してもうまく進まない。首長とがっちりでないと。それでもひっくり返っていく。むしろ「点」で針を刺していくように埋め込んでいって、それが徐々に”マスタープランのように”なっていくイメージの方が現実的ではある。

やっぱり安上がりでできること、民間投資でできることが進むから、そういうアイディアから入っていく。長期回収の投資よりも、今安くできることが進むというのはある程度しかたないこと。

プロダクトをつくってしまう手も有効。ソフトのスキームでも、ハード含めた具体手法でも、公共施設・空間の利用フォーマットやアイディアでも。それを一定の汎用展開性のある形で提示して、増殖させていくような。(都市リデザインのtoolbox!)

指定管理は安いことだけが価値になってしまっていて(PFIと違って議会を経ることも原因)、いいかたちになりにくい。(新しい公民連携というのはそこをはるかに良くできる可能性)

インフラでも公共施設でも、失敗反省の仕組みがないからおかしなことはいっぱい起きる。だから「評価」から入るのは有効。

(ひとに読んでいただくようなテイでなくすみません・・まあ僕と近い関心・仕事の方にとってはいいかなっていう甘えで)



パブリックワーク

October 25th, 2015

最近批判が飛び交っていたツタヤ図書館の選書問題について関係者に聞いてみた。問題というのは、古い実用書など価値がなくなっている本や、公の図書館としてそもそも合わないものを買っていた、しかも関連会社から、というやつである。僕が会ったあの会社の人たちは、仕事に対して高い意識や志を持った人ばかりだったので、どういう経緯だったのか興味があった。

で、やはり状況としては「まとめて仕入れたものを一冊ずつチェックする手間をかけていなかった、そのことは問題であり反省している」ということだった。「公の仕事において、それは許されない。買う側だけでなく関連会社も含めたモラルの問題であり、やり方を正していかねばならない」ということだった。

僕は古書の流通の現場についてはあまり知らないし、この件について深く調べたわけでもないが、少なくとも公の仕事の難しさというか微妙な部分について考えさせされた。

民間企業の本屋であれば、大量の本をまず仕入れようという場面において、その調達先に条件を伝えて入って来たものについて、全てチェックするかしないかをまず判断する。もし一冊ずつ確認するという作業をせずに価値のない本が混じった場合、それはただ「売れない」という結果とともに、徐々に店員が気づくなどして余計な本を排除しつつ、業者に対してクレームを言って次に活かすという流れになる。よほどヤバいものでなければ社会からの批判にはさらされない。そうした前提の中で、企業としては、一冊ずつ時間をかけてチェックしていくコストを払わず、一定の不良品率を許容するのも一つの真っ当な選択たりうる。

公立図書館ではそうはいかない。「この野郎!こんな無駄なものを買って!」と炎上する。全部チェックするコストをかける場合、中長期的にはそのコストは税金での負担にもなっていくわけだけど、そうした類いのコストのかけ方は、今までの公共事業の歴史を見ても、あまり問題にならないし、当然必要なものという話になる。もちろん今回のは、関連会社から買っているというのがイタいところなわけだけど、ともかく公金の使い方のべき論は微妙である。どちらが公的利益に資するのか?という話だ。より良い方法と、間違いのない方法、はイコールではない。

もちろん今回の件で、CCCはやり方を変えていくことになる。モラルに課題を残す流通側と、それを前提とした民間合理的な判断に対し、今回のような突きつけが生じることで、ある種の進化はあるだろう。

ただ一方で、公共の仕事というものの捉え方にも進歩が必要だと思う。ニセコの観光協会を株式会社にしたら、全ての宿を勧めるのではなく、いい宿を勧めることができるようになったと聞く。いいことだと思う。「まちの保育園」をやってる松本理寿輝くんは、保育園業界では株式会社であるだけで下に見られることも多かったと言う。社会福祉法人やNPOの、その下だと。でもそんな彼が一億総活躍の会議メンバーに選ばれたのは嬉しい話だ。

公の議論においては、民間の論理をすぐに逆側のものと捉えずに、相互に学び合って近寄っていくべきだ。



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