ULIでの話

November 24th, 2017

先日、Urban Land Instituteのコンファレンスで話したことメモ。

ULIは米国ベースの不動産開発&投資の業界団体で、東京のコンファレンスもいわゆる投資ファンドとかの人が中心で、99%がスーツなのはわかってはいたが、我が一張羅のドラえもんコンバースで参加してきた。

外人投資家たちによるこれからの投資マーケットの話(動く金の単位が違いすぎてこの手の話は最近はもうついていけてないのだが)の後、僕らのセッションは、建築家の大江匡さんと、ディベロッパーの日本エスコンの伊藤社長、福岡地所の榎本一郎社長と僕で「ディベロッパーが見る20年後の日本の不動産」というお題であった。おいおい林はディベロッパーないじゃんかという問題があったので緊張したのだが、大江さんだってアーキテクトじゃんということでそこは気にしないことに。

福岡地所の榎本さんは、福岡という都市を強く魅力的にしていく戦略とその中での自社の役割を極めてクリアに考えていた。密度も自然との距離も食も含め、住む働くうえでのバランスや質が高いことを前提に、これから伸びる産業がしっかりした生態系をつくっていくために、ユニコーンを呼び込むのだと宣言。新たな制度をつかって中心部をきっちり開発する話や、OMAの重松さん設計のビルの話など。大きくなった後のユニコーンだけ狙っても厳しいから予備軍も呼ぶと。そのための環境をつくったからといって次々にやってくるほど甘くないが、びびっていたらはじまらない、そこのリスクは自らとるのだというディベロッパー魂は、さすがこれまで数々の面白い開発をやってきた福岡地所だなと思った。一郎さんとは10年以上も前、まだお互い30台前半だったころに仕事もご一緒し、夜は中洲をさまよって仕上げはマンゾクcity(検索しないでOK)に行くべきか否かを議論した仲だったような記憶もあるが、すっかり立派な事業家になり、これから彼が福岡を本物のマンゾクcityにしていくのだなと思った次第。
日本エスコンはマンションやホテルの開発を力強く進めている会社だが、伊藤社長は会った瞬間からこの人のことを嫌いになる人は絶対いないだろうなと思えるような温かさと器を感じさせる人であった。お話も、僕のように斜に構えることなく極めて真摯な経営者らしい話で、なるほど大きな事業を回していくディベロッパーのボスはこういう魅力が必要なんだなと思った。

大江匡氏は、もうだいぶ前にアトリエポジションからは距離を置いて、企業の事業課題を空間設計や関連サービスで解決していく組織事務所をつくった人である。最近増えまくっているファーストキャビン(いわば贅沢なカプセルホテル)の経営に加えて、さらにソフト寄りの飲食事業を始めるという。彼が語っていたのは、時代はどんどん変わり価値の在りかがどんどん変わるという話。汐留が開発されたのは、かつて船と電車でモノを運んでいたのが車に変わり、操車場がいらなくなったから。そういう時代なのに政府行政は縦割りで、それゆえに仕組みがスタックしていると。さらには相続税は自分の住む家の資産にはかけないで他の投資だけ課税するべき、等の話も。そのスキのない現実的な思考はさすがにおそるべしであったが「僕、林さんとこのtoolboxが好きでね、けっこう使ってるよ」と言われたのは意外で、嬉しかった。

僕は、某メディアのbest city rankingで東京が一位だったのがあって、そこのビジュアルが歌舞伎町だった話から、都市間競争力とかいって容積ばかり増やすんじゃなくて多様な顔を持つように誘導する政策をもっと持つべきで、そうしたことはきっと行政も理解が進むから変わっていくだろうし、ディベロッパーも自らそうしたシフトを制度的にも提案しながら自らのビジネスチャンスにタイムリーに取り込んでいくべきではないか、みたいな話をした。それから、都市計画の世界はテクノロジーの先読みが弱いから、そこを突くことに差別化機会があり、同時にそういう動きが社会システムをも前進させていくんじゃないかといった、ある意味では肉食側のポジションの話をしたのだが、僕としてのここでのスタンスは、金を動かす人たちがその資本を増やす行為の過程において、それが街を壊すようなかたちでなく、良くするような手段を打つことによって利益を生んでいってもらうためのアイディアやメッセージを発したいというものである。

この記事(http://www.rules.jp/detail.php?id=14)でも書いたように、ディベロッパーなどの事業主体が政治論理にも行政大義にもはまるような社会改善になる新たなモデルやルールを自ら提案しながら、一歩先をいく仕掛けによって自らアービトラージをとるような戦略は、企業と社会が共に前進する健全な姿ではないかということを話したりした。

そして榎本さんの福岡の話から思ったのは、福岡クラスの都市がこれから文化的にも豊かに続いていくにはハイテク寄りの新しい産業集積によって経済を回すのが正しい(というかそれしかない)のだろうということとともに、よりフォーカスした観光資源を生かして外来者への価値提供に力を注ぐのが適切な都市もあるし、それとは全く別の戦略で、小さく強く生き残るスモールストロングな持続性を追求する街もあるということ。

また、人々の感覚の変容の話として、リノベの購買層はもうかなり広がっているという話や、これからのユニコーン企業の人たちはもはや重厚でエスタブリッシュな空間に惹かれないだろうとか、そういう話をした。そして、不動産屋が不動産(ハコ)だけやって上場維持(→安定成長)し続けるなんてもう幻想なのだとか、かといっていきなりコンテンツも大変だから徐々にやるとして、wewokのような「ミドルウェア」をやっていくんじゃないかとか、そういうことを話した。もちろんこんな「言うは易し」な抽象論をふりかざすだけでなく、やって見せていかなきゃ、ということは自覚しつつ。



NYと東京

October 26th, 2017

先日あるイベントで、ブルックリンで活動しているプランナーと話す機会があった。ブルックリンというと、かつて危ない感じだったエリアがすっかりオシャレになって・・賃料も上がって云々、という類の話が多かったが、最近はテック系のネタが多くなった。造船や物流の施設なんかを再生したりしてIndustry cityやNewLabなどの大規模な拠点ができ、それらを中心としてテック系のベンチャーたちがどんどん集まって新たな生態系ができていると。(そしてその界隈では、技術やビジネスの話、あるいはエンジニアやビジネスマンの人たちが、いわゆるクリエイティブ界隈の人々やトピックとすっかり混ざっていってる感じがある)

そこで参加者から「日本だと湾岸あたりは同じような大規模オフィスやタワマン開発がやたらさかんで、ブルックリンのリバーサイド開発の流れとだいぶ違う感じですけど、その違いはなんなんでしょう?」と問われて以下のように答えた。

戦略性の違いですかねぇ。両方とも「都市の競争力を高めよう」っていう話なんだけど、東京の場合は都市再生特別措置法とかで「とりあえず容積率を上げる」ということをした。床を増やせばきっと強くなるという理屈。
ニューヨーク市はリバーサイドにイノベーション集積をつくろうとし、そのための場所をコンセプトを明確にして戦略的に開発し、国内外から頭脳を集めている。不動産投資の視点からすれば高層タワーをつくった方が短期的な利益はもっとも大きくなるわけだけど、そんなことは都市の競争力や経済を強化する上でのインパクトとしては知れていると。これから伸びまくる新しい産業を集める方がでかいっしょ、みたいな。
日本は土建勢力が強い政治的構造もあるだろうが、それを除いてもセンス的に問題がある。

日本ではよく、グローバルな都市間競争の時代だから東京には人がもっと集まるべきだ、的な話がよくある。自分としては東京にこれ以上人が集まってはいけないと言うつもりもないんだけど、人数が集まりゃ勝てるような類の競争かよ?!という話。別にシンガポールの人口が多いわけじゃないし。

この話は本質的にはハード的な規模より質であって、一定の質のために一定の数は要るという話であって、この順序が逆になってる話がいまだに多い。さらにいえば本来は、東京にはないけど地方にもあるもの(安いとか広いとかも含め)をうまく互いに生かすような全体の関係なりかたちなりをつくっていく発想であるべきなのであって、なのに「東京のイシューと地方のイシューは異なる」みたいな話になることが多いのは変な感じ。

品川や豊洲はまだしも、お台場とか有明みたいな場所にぽつんぽつんとマンションだけつくられていく東京のデザイン力・戦略性はやっぱりまずいなということで、いろいろ提案もしていきたいと思っております。



地方と公共空間

October 22nd, 2017

この間、各地方都市のR不動産のコアメンバーが一同に集まる機会があり、今回は鎌倉が会場だった。鎌倉はこれまで「稲村ガ崎R不動産」という名前で運営されていたが、最近、面白法人カヤックが資本提携によりその運営会社のメインオーナーになって、サイト名も「鎌倉R不動産」に変わることになった。

1日目の夜に、公開イベントとしてカヤックの柳澤さんに話をしてもらった。話のテーマは「地域資本主義」というもので、その考え方を自らカヤック社として体現すべく、鎌倉資本主義というのを追求していくという。上場会社でありながら、時価総額最大化とは矛盾しそうにも聞こえるキーワードを掲げているわけだ。さすが面白法人。現在の資本主義システムを修正あるいはアップデートしていく上でのコンセプトといったところだが、その実体が具体的に何なのかは模索中とのこと。基本的な考え方として「地域資本の最大化を目指す」ということが企業や自治体の一つの共通のベクトルとなると。中央の資本主義システムのサブシステムとして、あるいはそれに影響を与えていくような、いろんな仕掛け、仕組みが生まれていくのだろう。資金やその他リソースを調達する市場、あるいは通貨とかも・・・実体がまだ見えてなくとも言葉として引っかかるものがある。

僕は最近、地方の都市経営への興味が以前より増している。都会を離れて自然体な暮らしをしている素敵な人たちの話ももちろん興味があるけれど、一方で地方都市や小地域が、これからどのような経済構造で生き残るのか、その現実的なシナリオに関心がある。都市単位、地域単位の経済持続がどういう形で可能なのか。

小さなコミュニティやコンテンツをつくる人が増えるのは確実に力になっていくが、同時に既存のある程度まとまった雇用が維持されることも重要だ。ポートランドなんかでも、インテルやナイキがいなくなってしまったら街場のクラフトマンたちの仕事も大きく減らざるを得ないわけで。

僕は公共施設の活用・再生といったことをドライブするための仕掛けとしての「公共R不動産」にも若干ながら関わりつつ、リノベーションスクールにも時々顔を出しつつ、仲間たちと一緒に、公共施設再編再生を切り口に自治体の中長期戦略につなげていくためのシンクタンク&コンサルティング会社(セミコロンという)を最近つくったりした。

公共空間は量的にも再編していく必要があるのは当然だが、中身も変わっていく必要がある。単に多目的な集会場やただ空地と遊具があるだけの公園や保育所・高齢者ケア・図書館といった機能をばらばらに提供をするだけでなく、本質的にコミュニティのコアになるような場所となるためのソフトとしての質や、それを担保する体制と有機的な運営形態や空間のアフォーダンスなどが求められる。

街の中心にそうしたコアな場所が魅力的な形でつくられるとしたときに、僕はそこに地元の有力な企業たちが同居または隣接するような場所のメージを持っている。地方の生産拠点は海外シフトをしたり、営業拠点たる支店が撤退したりして、あるいはまた小売の総量が減ったり東京本社の大企業に商売が置き換わったりする中で、それでもたくましく地方でしっかり続いている企業、ビジネスがある。その中には今後いつなくなってもおかしくない雇用があるのも事実だが、将来にわたっても持続性や競争力を持ちうる産業は存在する。

これからも地方にあってたくましく持続発展しうる産業は何かと考えていくと、一次産業やIT関連などもあるが、2次産業でも例えば食品加工業などは有力と思う。山形で言えば豆のでん六だったり、千葉ならヤマサ醤油だったり、長野ホクトや広島のオタフクソースといった全国的に名の知れた会社だけでなく、多くの中規模の個性的な会社たちもたくましく続いていけるところがたくさんある。工業系でも伝統的なものはもちろん、諏訪のエプソンや金沢のIOデータとかみたいにテクノロジー産業も経済における貴重な存在であったりする。もちろん新しい打ち手として自治体単位で戦略的な規制緩和をして中央の企業たちのR&Dを呼び込むとかも並走すればいい。

公共の○○プラザにベンチャーのインキュベーション拠点つくります!もいいんだけど(大抵の場合あんまりよくないが)、都市の持続発展に寄与するようなすごいスタートアップやその生態系を生むというのは場所をつくるとできていくような簡単なものであるわけは当然ないし、そういうヤツらは○○プラザとか関係ない。

上に挙げたような規模感のある会社が強くあり続け進化していくことは地域にとってかなり重要で、それらの企業たちもイノベーションは続けていかねばならず、地元の優れた人材とともに都会で鍛えたビジネス人材たちがUターンやIターンして加わることが必要だろう。

そこで、そうしたまとまった雇用を持つ事業体が、子育て環境や情報刺激もある魅力的な仕事空間を持つことで人材を引き寄せるような選択を公民が連携してつくっていく。地元でたくましく頑張って全国や海外にモノを届け利益を上げている会社は仕事場として充分にチャレンジングなものだ。今の時代、都会の意識高き若者たちが地方にいくのは農業やゲストハウスやルゴリゴリのソーシャル系だけが答えではない。

東京でしばらく働いたあとに地元に帰って、地元の有力企業をより有力で面白くたくましくかっこいい会社として発展に寄与していくキャリアは今後脚光を浴びる気がしているが、ともかくそうしたモチベーションを高めることは街のためにもなる。そこで街のコアとなる公共施設はこれまでのイメージの「公共施設」の枠を解き、もっと柔らかく発想すべきだ。コア企業の仕事場も、公園も保育も高齢者ケアもライブラリーも、あるいはもしかすると教育期間や日常的な物品流通も、その最適な共存や連携を考えて重ねて配置し運営する。もちろんその運営も投資も公民で手を組んでいく。
その上で、そもそも都市の持続発展の戦略・ビジョンの根幹において、公と民が一定のスケールで連携しシナジーを生むような発想を持つのがよい。その象徴として、魅力や生産性や発信や出会いのコアとしての求心力ある公共空間(群)をつくっていく。都市単位の公民連携という感じ。

ただしそうした場所が単に大きなビルと空地で、○○センターと○○オフィスが重なっているだけでは話にならない。そこにイマジネーションとクリエイティビティが必要になる。空間体験としても魅力的でなければならない。いかにも公共っぽいオフィシャル感よりも、日常感やB面性を重視する。そしてもちろんそこから旧市街ともうまくつながるようにすべきで、むしろ発想は街のリノベ。

そもそも再開発というのは何を開発するかというと、それはもはや土地と建物ではない。新しいビジネスの生態系を開発し、同時に新しいコミュニティ価値の提供形態を再開発しなければ意味がない。こういうところには建築家の出番もあるが、適切な与件設定がされる機会がなかなかない以上、モノの形を描く者としても、そもそもそこに何があるべきかについて現実的な解をつくる思考も必要になる。

こうして偉そうなウンチクをたれているだけでなく、自分ももっと現場に出て行くことにする。具体的なかたちを描きつくっていくのは全然これからだけど、ようやく自分なりの地方都市への切り口が少しずつ見えてきた気がしております。



築地の話

June 22nd, 2017

築地豊洲の話について思うところを書いておくことにした。

先日の小池さんの方針に対しては、多くのディスりや多少の賛同意見が出ているようだが、とにかく世の中には部分的な情報や理解しかなくても自信をもって断定的な意見を言う人が多いんだなあと改めて思った。

印象意見を言うのは悪いことではないけれど、全体観なしに是否を断定するということは、判断に必要な視点が足りてないことに気づいていないパターンか、「細かく見るまでもなく明らかにこうだろ!」というパターンかどちらかなんだろう。でもそもそも最初からどっちかの味方ありき的な、バイアスのかかった意見が多いんだなあ、そういうのはダサいなあ、とは思った次第。

築地の話はこの2ヶ月ほど関心を持っていたので、この問題はかなり多くのポイントをよく分析しないと正しい判断には至らないものだということ、そして「客観的に明らかにこれがベストだ」と言える選択肢があるような単純なものではないんだということはわかってきた。

以前に僕はここ(http://atsumispeac.net/847)に仲間とつくったラフな仮説のようなものを書いた。簡単に言えば市場機能は基本的に豊洲へ、ただし豊洲は過剰サイズだから将来の民間賃貸も含めて運営収支を改善する工夫をする、築地はその文化価値(主として目利き価値)をなくさない方法を築地において追求したい、ただし(築地は)その大半の空間ポテンシャルを開発または権利売却によってできる限り回収する、というものであった。これは今回の小池方針と割と近いところがある。ただ、市場が築地に「戻る」なのか「戻る部分が多少あるかもね」なのか、そのあたりの意図がわかりにくいので、それによってだいぶブレる話ではあるし、そもそも自分の知ってる情報は不十分なので、ちゃんとした判断まではできないわけだけど。

僕は先日の小池方針については超総論的にはポジティブなんだけど、疑問や懸念不安はいろいろあるし、何にせよ小池さんの言い方・出し方はいまいちだったように思う。今回の発表に至る流れ、今回の話における言葉使い(ブランドって軽く言い過ぎ!とか、ワンダーランドってダサい!とか)もそうだが、今までの検討や発信のプロセスも含めて、やっぱり批判が湧いてもしょうがないよな、と思う。確かに一連の流れと言い方だと「選挙しか考えてないだろ」「中途半端で二兎追うんか」と、いかにも言われそうな感がある。でも僕自身は、この方針自体が保身だの選挙対策だのといったことだけでできたものではなく、都としてベストな判断をしようというまともなスタンスがあってのものだろうとは感じている。

不安というのは一言で言えば「ゴールの姿がちゃんとイメージできてなさそう」ということ。それは豊洲の今後の利用形態についてもそうだが、それ以上に築地の今後の開発にどのようなエッセンスと戦略が必要であるかの本質的なイメージがまだなさそうに感じること、そしてそれが良い形で見えたとしても、今の都の体制や構造的に、実現のハードルがめちゃ高そうであることも。僕は今回出た方針が、うまくできればよい答えになる可能性があるように思っているけど、下手するとだいぶマズくもなるものだと感じている。(むしろこの基本方針てDay1仮説だよねみたいな)

ともかくこの話はなかなかに複雑で、豊洲の収支にしてもシミュレーションの設定によって数字はかなりブレるし、市場機能以外のかたちまで含めるならばなおさらである。築地の再開発も、そのやり方次第で経済価値はめちゃくちゃブレるし(ただのオフィス開発とかじゃないので・・)、文化価値ブランド価値っていうのも長期的な潜在価値の算定はされていない。土地を貸したら地代160億とかいうのも多分もっと低い気がするし、もちろん未来の変動もある。築地売らないで金はどうするんだ!という議論にしても、バランスシート的な話で言えは土地で持つか金で持つかという話であって、あくまで利回り比較じゃんという見方もありえるだろう。もちろん都が築地土地を担保にしてもファイナンス不可能だというなら別だけど。

どのような形とプロセスでブランドの源泉(仲買の力)を活かしていくべきかも、市場機能を分けることがいかなるかたちで可能なのかについても、まだ具体性のある説明は見たことはないので、そこがわからないと安心はできないなといったところ。

築地豊洲の話は、そうした諸々の「まだ見えてない」前提次第でまだまだ大きく結論が変わってもおかしくない問題に思える。僕としてはそれらの色々なイシューについてどんどん検証と公表が進んで、長期的な最適解がやっぱりここにあるね!と思える状況に早くなったらいいなと思うし、自分でも掘ってみるつもりである。

話は戻るが、最初からどちらかに味方する前提の意見ばかりといのは、加計学園の話も同じだと感じている。自民党や安倍さんは、反対派が言うほど悪意に満ちてはいないように思う。たしかに公共事業を見ていると、ある程度「この案件はここがやるように仕向けていこう」というのがないと何でもかんでも「安い方で決まり!」となっちゃうね・・っていうのはいつも思うことではある。しかし今回のはコネや忖度の要素は少なからずあっただろうし、それは当然批判されるべきで、「政治とはそういうものだ、官僚だけに任せていては正しいことも進まない」と言ってしまっては世の中の成熟は進まない。ちゃんと批判して、でも突っ込むだけの野党もちゃんとディスされて、それらを通して選挙して、一時的には「あちゃ〜」的な政権になっても仕方ないとも思っている。

いずれにせよ市場の件は、面白く新しいなにかが生まれることを願ってます・・



都市デザインの話

April 25th, 2017

以下、ハーバードGSDの会議で話した内容。
東京をどうデザインするか、についての視点。主に建築家へ向けて

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僕は大学で建築設計を学んでいたとき、こう思いました。東京の殆どの建物は賃貸不動産あるいは分譲住宅など「プロダクト」としての建築でできていると。そしてそれらがあまり美しくない風景をつくっているのは、デザイナーのせいではなく、ビジネスの都合なんだろうと。そこで、なぜこうなるのか、構造を知りたいと思い、卒業後は経営コンサルティングの会社に行き、その後ニューヨークで不動産開発を学び、 日本のディベロッパーでファイナンスをやってから、2004年に起業しました。そのテーマは、日本の都市空間を人間的で色気あるものにすることで、機を見ながら色々な方法でそれをやろうということでした。

僕は都市の風景をつくっているのは3つの力だと捉えています。資本、技術、そして人間の欲望です。資本の動きと市場のルールが、人間の欲望を反映しながら建設行為を規定していきます。技術は生活のあり方を変え、人の欲望を変え、都市の形に影響を与え、同時に技術は資本を増やします。この3つのドライバーの総体を、我々はマーケットと呼びます。

この力学に縛られないピュアでポエティックな創造行為は、あるべきだと思います。ですが都市というレベルで語るならば、この3つの力に関するリアルな肌感覚、一定のリテラシーがない限り、都市の未来の姿を描くことは、不可能です。東京は、特に市場の力が強い都市であるにもかかわらず、日本の多くの建築家は、資本の力を”批判”し、テクノロジーにもさほど興味はなく、欲望はといえば3%の意識高き文化人の欲望について語る、といった状況があります。ゆえに残念ながら、日本の都市のデザインにおいて建築家は本来持ちうるはずの影響を及ぼさず、もったいない状態にあるのだと思います。

マーケットは現実の「与件」です。それを多少読み変えることはできますし、それに多少の影響を与えることはできますが、敵視したところで意味がないものです。資本主義システムがひっくりかえるのは恐らく早くて30年くらい先でしょうから、現実の力学を受け入れよく理解した上で、作戦を練る必要があるわけです。

マーケットがつくり出す都市をデザインする大事な手段の一つは、ルールをデザインすることです。マーケットは、長期的な全体の幸福を生むためには不完全なので、ルールは当然に重要です。都市というのは、一定のルールの上で、マーケットの力学でオートマチックにつくられていくのです。ディベロッパーもそのルールを忠実に守って一生懸命ミッションを果たす努力をしていると思っています。彼らが利益を出すと、株やファンドの利回りが上がり、それを持っている生保や年金のお金が増え、つまりは我々の資産が増えます。そのようにして資本のゲームに我々も参加している構造があります。よりよき都市をデザインするならば、ルールのデザインに我々はもっとこれに主体的に関わるべきであると思うようになりました。

さて、東京についての話ですが、東京はそもそもハイブリッドな都市として捉えたらよいと思っています。これはつまり、欲望の多様性を許容していくということです。そして一人一人も、その時々によって欲しいものが違います。

東京には、アトムな風景つまりメガ開発的な風景と、ジブリな風景つまりヒューマンスケールで懐かしい風景が混在するという見方があります。これは三浦展さんの言葉です。これらが共存、混在しているという状態は、欲望の多様性を表しているともいえます。この状態が面白い、そして幸福なんだというポジティブな捉え方です。
ともかく東京には、オルタナティブな、つまり隙間的な空間も残していくべきだと思っています。

「東京R不動産」という事業は、そのための戦略的アクションでもあります。東京R不動産は、化ける可能性のある倉庫や古いビルを発掘して、ネットで紹介するメディアですが、ビジネスとしてはそれらをユーザーに仲介する不動産エージェント業です。 ネットを使ってニッチな空間をニッチな人とつなぐことで、オルタナティブな空間の埋もれた価値を顕在化し、それらの空間を残そうということです。そしてポップな表現方法で幅広い人々に対してオルタナティブな価値観を伝え、一石を投じるものです。これまで6000件を仲介し、毎月数十万人が訪れています。 ここでは物件を、スペックでなく個性・キャラクターで評価しセレクトしています。我々がデザインするのではなく、そこにある空間の可能性を拾って、あとはユーザーに委ねるという考え方です。

つまりこれは流通から都市をデザインするものです。流通のあり方がモノの価値を変え、価値観にも一石を投じ、都市を少しずつ変えていくというわけです。流通のデザインも、都市デザインの一方法であるということです。

我々は建築や街を企画しデザインするプロダクションもやっています。 ここにおいては、経済価値と文化価値を融合共存させる解をつくることがテーマです。 特に日本では、クリエイティブであろうとなかろうと、マーケタブルなもの、市場性のあるものは繁殖していきます。マーケタブルでないものは、繁殖しないか、ひん曲げられて繁殖するかどちらかです。だから、これらを両立させたモデルを考えて提案開発しようということです。そして独自の流通を自ら持って組み合わせていくということをしています。

「toolbox」はリノベーションや内装のためのECです。大手メーカーの大量生産ではつくれないような、個別性や質感を持った素材やパーツ、職人サービスといったアナログな手段を、ネットで売っています。toolboxでは、建築と家具の間、デザイナーと職人の間、リノベーションと模様替えの間、オーダーメイドとレディメイドの間、といった隙間の領域に着目しています。テーマは、編集権をユーザーに移転させていくこと。ユーザーの自主性を促し、愛着という価値を増幅していくこと。この先は、データベースやデジタルツールも入れていこうと考えていますが、それはアナログな価値を増幅するためです。toolboxはある意味で、インテリアから都市生活における空間体験をデザインしていくための仕掛けと言えます。

都市をデザインする方法は、ゲリラなアクションも、プロトタイプとなる空間や場のあり方の開発も、パブリックスペースのデザインも、そしてルールのデザインも、流通も、さまざまなインターフェースをつくることも、含むものだと考えています。

今、ルールすなわち法律や条例、その運用のリデザインについて考えています。 例えば横丁の空間は本来、都市の経済価値にも一役を買う資産ですが、資本の力学としては高層開発に取って代われる宿命があります。これを残すための方法は、例えば東京駅でやったように、容積移転を適用できるようにすることと思ってます。そのように、経済と情緒を調停するためのルールのデザイン仕掛けていくためのメディアをいま準備しています。

ここからは、東京の都心の未来についての話です。まずはオフィスビルの話。かつてオフィスビルはいわゆる自社ビルでした。これが賃貸ビルとしてフロアごとに貸されて所有と利用が分離しました。このさきさらにビジネスや働き方が流動化すると何が起こっていくか。新しいタイプのワークスペースプラットフォームのようなものがでてきつつあります。一つの状況としては、ミドルウェアとでもいうべきプレーヤーが出てきて、彼らは丸ごと借りたビルの中に都市をつくります。保育所もバーやプールもできます。これの筆頭が2兆円の企業価値と言われ、ソフトバンクが3000億を投資したWeworkです。今は彼らはフリーランサー向けのコワーキングスペースの運営会社と思われていますが、彼らは去年あたりから、大企業を顧客とし始めています。 大企業はこれらの中にフロアごとでも気軽に入ったり出たりすればよく、内装工事も原状回復工事も、その都度やる必要はありません。 そうしたミドルウェア、OSのプレーヤーが、新たなmixed useを編集していきます。

商業はどうなるか。ショッピングがネットにどんどん移っていくと、小売業者たちは今のような家賃を出せなくなるので 路面賃料が下がります。するとカフェは路面に戻ってきます。残るリテールスペースは、ECのためのショールームのような場所となり、やがて飲食などとも融合してエンタメスペースとなっていくでしょう。それが渋谷や銀座を占拠します。

そして自動運転が当たり前になると、おじいさんやおばあさんも郊外のモールに楽に行けるようになっていきます。 今からウォーカブルシティをやるならば、それをどこでどうやるか、よく考えなければいけません。センサーやデバイスやAIが進化すれば、風景は固定された建築群ではなく、動き続けるものになり、体験の選択はどんどん最適化されていきます。

何が言いたいかというと、デザインの対象が、フィジカルからコンテンツ、インターフェースやOSになっていくということです。人間的で幸せな世界をつくるためにそれをどうデザインするか。資本や技術の力学と、多くの人々の欲求をイメージした上で動いていく必要があります。

そもそもすでに人々は、都市を建物によって認識していません。店や体験といったコンテンツと、パブリックスペースで認識しています。 そしてこれからの街は、機能よりも快楽(喜び)をつくることで生き残ります。ただそれは建築の快楽でなく、コンテンツの快楽とパブリックスペースの快楽です。新しいアーキテクトとは例えば、マーケットに対峙してコンテンツをデザインしてつくりあげるチームであるかもしれません。

携帯電話のフォルムをデザインしている時代は終わり、インターフェースとビジネスシステムをデザインしていく時代です。そこには「アーキテクト」が活躍できる大きなフィールドがあると思っています。僕は建築家たちの想像力を、都市デザインにもっと発揮してほしいと願っています。文化と利便をバランスよく維持しながら本当の長期全体最適を実現する、ハイブリッドで幸福な都市をつくっていきたいと思います。

まだまだやってないことが山ほどあります。
東京はめちゃくちゃ面白い街になれる可能性があると思います。

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築地市場

April 20th, 2017

こないだの週末、リノベサミットで即興ユニットワークをやったのだが、そこでの題材は築地市場だった。市場機能を残すことは必ずしもありきではないという前提で、築地市場をリノベするとしたらどうする?というお題をもとに、現場ヒアリングを経て数時間でプレゼンをつくるというものだった。以下はそれを通して思ったこと。もちろん全てはDay1仮説のレベルなので、異論や突っ込みはもちろん歓迎ということで。

僕らのチームとしては、市場機能は基本的に豊洲に移転した上で、築地には今の市場とは異なる新しいかたちの場(マーケット)をつくり、さらに開発を加えるものになった。建物は部分的に既存活用もするし今のゾーニングも多少踏襲するが、多くは建て替える前提である。

築地と豊洲の問題については、土壌の安全と安心の話で騒がれているが、もともと僕自身は、安全問題はもうクリアしているとの認識で、これについては過去の意思決定や情報共有のあり方についての検証はしておくべきだろうね、という考えだった。この話については、経済目線寄りの人はもういいから移ってしまえと言い、逆寄りの人は感覚的に反対に回るという、まあいかにも的な感じになっている。今回は、運用収支がかなりの赤字で、ライフサイクルコストを考えるとかなりヤバいんじゃないかという話があるうえに、もしかしすると計算上は、築地をコストセーブしてつくり直して、豊洲はあらためてタワー複合開発でもすれば収支はその方がいいかもしれないといった話が出たりするもんだから、移転当然という人たちも「ん?そうなん・・?」みたいな雰囲気も若干出たりしているようだ。

だが今回、現場や関係者の話を短時間ながら聞いてわかったことは、むしろ問題とすべきはさらに別のところにあるということだった。東京の未来を考えたとき、市場はさくっと移転してOK、それでこの話は終わり、ということにするのはやっぱりちょっとよろしくなさそうだ、ということである。

まず一つの問題は、豊洲の配置やゾーニングの計画が相当イケてないということ。「まあ、そうかもしれないけどさ、移転やめるってレベルじゃねーだろ」というのが一般的な感覚なのだと思うけれど、僕の感想としては「移転の仕方」や「使い方」をもっと考えた方がよさそうだ、という感じであった。

今の築地は、言うまでもなくだいぶ老朽化しているし衛生的にも前時代的状況である。だが同時に、配置や流れはある意味よくできていて、なかなかに効率性が実現されているという話があって、これは現場で聞いていて確かに納得感があった。

築地では、長い時間でつくられてきた暗黙知のようなものが蓄積されており、秩序なき秩序というか、少なくとも今までのやり方の中で、車やモノの複雑な流れがうまく処理されるような状況ができている(だからといってそれが今後に向けてもベストだと言うわけではないが)。そしてその秩序や仕組みの中には、築地が世界から評価される「技、目利き」の力を生かすシステムが内包されているということがあるようだ。僕にはそのことをうまく説明できるだけの情報整理はできていないんだけれど。

豊洲はどうかというと、今の築地とは別の仕組みや形において、機能や価値が大きく前進していればいいんだけれども、売場は少ししか増えてない割に廊下がすごく増えていて各機能がフロアも含めて離れている等、買いに行く人にとっても売る人(=運んで積む人だったりする)にとってもデメリットがめちゃくちゃ多いらしいのである(これは特に移転反対派とかでないユーザーコメント)。そして築地に存在する高度な目利きと技が発揮されにくい状況になりそうだとの話だった。これはおそらく仲買が生き残りにくくなるとか、こだわりある小規模バイヤーにとって使いにくいとか、そうした部分の話だと思う。まあ要するに豊洲の建築計画上の与件設定がひどかったということなんだけれども、それは公共建築の世界ではまあよくある話だろう。だが少なくとも、深く広い視野をもった上でのデザイン思考はそこには見られず、機械的、積み上げ的に計画されたということのようだ。

豊洲に移ると仲買(仲卸)にとってはやりにくくなる要素が多く、下手をすると仲買というもの自体が消えていくかもしれないという話がある。ただこれについては、そもそも築地でもすでに仲買(仲卸)はどんどん減っていて、それは流通の変化の中での必然的な流れでもあるのだろう。大手スーパーなどのシェアがどんどん上がり、しかもそれらは市場を経由する必要すらなくなりつつある。市場で買うプレーヤーたちも、仲買を通さずに「卸(荷下ろし)」から直接バルクで買う流れが増えていると。築地に買いに来ている個人店たちの中でも、生産地から直接買うものも増えていると聞く。

これは何を意味するか。一つには、豊洲も必要面積が減っていきそうだということ。さらに言えば、リアルな空間としての市場というもの、一箇所に集まった食材市場というものの意味自体が徐々に失われていくということではないのかと思ったのだ。つまり、豊洲もやがて「余る」わけだ。ゆえに、償却前でも年数十億といわれる運営赤字ももっと下げられるということになる。いずれにせよ先々に向けた利用形態のシミュレーションもしておいた上での適切なる移転が必要ではないかと思えてくる。

中規模・大規模の流通にとっては築地よりも豊洲が望ましい面は多いのだろう。だがもしかするとやがて、大資本流通の企業たちの都合を考えると、豊洲を彼らが自社の物流センターとして賃借して使うような、つまり貸し倉庫業態に転用していくようなイメージが合理性を持つこともあるのかもしれない。

さて築地に話を戻すと、ここにある文化やブランドをどう引き継ぐかということは、経済戦略上も無視すべきではないはずである。築地のリノベーション案というのは必ずしも今の市場機能を全て築地に残すこととも限らない。リノベーションというのは、そこにあるもの(ハードとは限らない)を残しうまく活かして形をアップデートすることである。豊洲ではこの文化やブランドといったものを全て引き継ぎ進化させることは難しいだろう。全てを更新するというのは往々にしてそういうものだ。それをスクラップアンドビルドという。

こうした仮説を立てるなら、そのとき築地をどうするのか。僕らのチームがつくった案のラフな筋書きはこうだ。
築地は、質の高い、ある意味属人的な、こだわりのニッチ流通が残るとともに(それは今の流れ・やり方をただ絞るということではおそらく、ない)、食文化の創造や発信の場、エンターテイメントの空間となる。多くの物量は豊洲に行くから、ここを流れるモノたちは特別なモノたちである。もちろんここに生まれる流通は、今までの市場のシステムや機能・価値とは異なるものである。
大通りに接するあたりから現在中央にあるオープンスペースのあたりにかけてはモロッコのバザールのようなカオティックな空間がある。そこでは人々が食べる、買う、遊ぶ、発見する、といった様々な体験がある。(このへんは詰められてないけど)。

そしてキモになるのは、敷地の中央地下にひっそりとつくられる、サンクチュアリ(聖域)と呼ばれる空間。そこは究極のラボであり、世界的価値を持つ技や目利きが存在し、そこで最高のブツが加工されたり出されていく場所。限られた人しかアクセスできず、普通はここを見ることはできない。そういう神の領域のような場所。
そして流通フロアの上部は大きな広場であり、わずかに残された古い構造や建物も見え隠れしている。そして川に近い今の卸ゾーンのあたりは尾根のようにむくれ上がり、中高層のボリュームとする。その中は住居も宿泊も職人のアトリエ的な空間や学びの場も、キッチハイク的な体験など、いろんな場所が混在する不思議な九龍城のような空間群にする。この部分の開発は、空中権売却との組み合わせで収支の帳尻をつけるための戦略要素でもある。(注:空中権売却は他チームの案からここでパクって入れたもの)

そうしてここに、築地の目利き・技、ブランドを一層研ぎ澄ませて価値を生み発信していく拠点、人の心と五感を刺激する文化的エンターテイメントをつくる。場所の価値がトガり続けるために、ここでは様々な法規的な特例がつくられ、特殊な社会圏、自由自治区ができていく。志高き個人店も、腕利きの職人たちも、それぞれの意味を持ってここに集まる。モノも人も、世界から集まり、築地の粋を研ぎ澄ませた、世界が見たい日本の食の象徴空間を創り出す。

・・とまあ、言うは易しなイメージシナリオをだだっとつくって語ってみたわけだけれど、もちろんこれをやるのが東京としてベストです、と言えるような検証をしたわけでは全くない。そして当然出てくるのは「で、どうすんねん」という話である。

簡単に言えばこういうことだろう。まず、豊洲の使い方について、最適化シミュレーションをする。ライフサイクルコストをはじく。あくまで客観的に、それも流通の今後変化を織り込みながら。一方で、築地に全ての機能を残していくシナリオも、比較案としてつくっておく。そのときの豊洲の活かし方と、全体としての経済分析をしておく。そして、上記で語ったような第三のシナリオを、想像力を持って戦略的に詰めてみる。現実可能な法規変更も含めて検討し、長期的な経済シミュレーションにも落とし込む。それらを一定の精度の範囲でふまえた上で、あるべき道を決める。といった感じ。

いずれにせよ、これから流通は今までと形を変え、二極化的な方向に進んでいくだろう。この先必要となる市場とはいったい何なのか。本来そこまで考えて解がある。ネットも宅配便もなかった時代、今のような大資本流通もなかった時代には、こういうリアルスペースが必要だった。かつて生活のために必要なモノを人々が買うのもこういうリアルなマーケットだった。もちろん、今の時点でも現実的でそこそこ最適な解が豊洲だと考えている人もいるだろうし、もしかしたらそれはある程度は正しいのかも、しれない。ある程度は・・・

そもそも土壌問題が出てこなければ、さくっと豊洲に移転するだけだった。それでも世間的にはまあ大した問題も起こらず、面白くはないけどそういうもんだよね、というよくある話だっただろう。そしてやがて色々と悩ましい事態はでてくるけれど、それなりに対処していく。そして「築地」は消える。そのエッセンスは他のどこかで何らかの形で引き継がれていくと思っておこう、といった具合である。

結論がどうなるにせよ、僕は今回のユニットワークを通じて、このままただスクラップアンドビルドを進めることに抵抗を感じるようになった。東京都の中で行われている築地リノベ案についても「そんなこと今やってどうすんの?」といった、ただ冷めた目線で見るべきではないように思えた。オロオロしている間に生じる損失をどうするんだ、という話もあるだろうけれど、他の「見えざる損失」よりもその期間のロスの方が大きいと証明することも、一方で誰にもできていないのではないか、とも思えた。

市場のことをよくわかっている人たちからすればツッコミどころばかりの話かもしれないが、自分にとっては都市のアップデートに関する学びを少なからず得たのは確かだった。これについてはこのあと、嶋田洋平のリードで何らかのアクションをとることになっている。

ちなみにユニットワークは3チームでやったのだけど、ウチの宮部らのチームに負けてしまい、賞品の韓国旅行は逃してしまったのだった・・うぅ。



コミュニティ系

April 9th, 2017

去年から先月にかけて、若者たちがとあるマンションのコミュニティ問題の解決を考えるという場があって、それにゲストメンバーとして関わっていた。このあたりの話はもともとあまり強い興味はなかったのだけど、最近は自分の親が85歳になって高齢者施設に入ったことなんかもあって関心が増しているところだった。そこでのお題は、そのマンションの住民の方々の意思もふまえて、コミュニティカフェを企画してつくろう、ということになっていた。コミュニティカフェという言葉自体は個人的には若干ムズムズする部分はあるものの、やりたいと思う人たちがそこにいるならば一度関わってみようと思い、話に参加していた。

その中で僕がふと思ったことの一つは、こういうのって往々にしてリア充の世界なんだな、ということだった。元々まちづくりとかコミュニティといった世界は「ほっこりリア充」とでもいうべき、ある種の草食価値観(いい意味で)とある種のリア充性をあわせ持った人たちが登場することが多く、それは自然なことでいいのだけど、そのこと自体を少し意識してやった方がいいかもしれない、と思ったのだった。

ところで僕は、中学2年の頃とその前後数年の間、いわゆる根暗マイナーなキャラだった。学校ではほとんどしゃべらず、わいわい話す友達が少ないヤツ。自閉症とまではいかないものの、うまく明るくふるまうことができず、それはなかなかにツラい日々だった。マイナーキャラの中には、それを気にもせずマイペースにそうあり続けている人もいたが、僕はあくまでメジャー(それは例えばサッカー部やバスケ部のマセてる系の面々。女子でいえば例えばダンス系にマイナーはほぼいないだろう、みたいな)にあこがれ、自分も少しでもメジャーになりたい!そしてモテたい!と強く思っていたタイプだった(当時はメジャーでさえあればモテるはずだと本気で思っていた・・)。そして影ながらベースの技を磨いてバンドに入ったりメンズノンノを読み込んでみたり、さまざまな涙ぐましい努力をしてリア充に近づいていったのである。今でこそそこそこリア充ぶってはいるけれど、マイナーの気持ちや視点はよくわかるのだ。

マイナー側の立場からしてみると、リア充な人々の集まりに入っていくのはとても難しいものだ。だから、リア充が寄り集まってリア充なイベントをやっていても、マイナー側の人々の孤独問題というのは決して解けない。参加しない人たちに徐々に声をかけて・・みたいな話も、実は決して近道ではなかったりするのである。

コミュニティカフェというのが単にやってる側の人たちが楽しいからやる、ならばそれは全然いいのだけど、もしマンションや団地におけるコミュニティ問題というやつが、孤独死の話だったり、防災的な意味も含めたつながりの必要性みたいな話であるとしたら、楽しげなわいわいイベントばかりに向かいすぎると、それはむしろマイナー側にいる人の一部にとっては、より自分のマイナー性を認識するだけかもしれないのである。そして同時に、ほっこりリア充な活動がやがてある種のソーシャリーコレクト感を生みすぎて、せっかくのいい活動が特殊な香ばしさを発し始めてしまったりすると、もったいないことになるという、偏見とも言われかねない個人的見解もあって、僕はこうして軽く毒づいてみたりするのである。

一般的に、ほっこりリア充の世界ではテクノロジーはあまり好まれない。孤独死を防ぐという意味ではテクノロジーはとても有効なのは間違いないのだが、そういう話がなんとなく出にくくなる空気が生じる。一人一人は別にほっこり原理主義なわけでは全然ないのだけど、ついつい「顔の見えるふれあいが大事」みたいな雰囲気でないといけなくなるのである。(いやもちろんこの話は全体的に半分冗談なのでマジ議論になってもアレなのですが・・)

こないだ、今や有名大家さんとして知られる青木純とこんな話をしていたら、なんとあの超リア充感満載でTEDのステージを飾る青木純も、本当はおれもマイナー側の人間なのだ、今でもパーリーに出るのはつらいのだ、と吐露された(ウケる)。そのときその場にいた他のメジャー出身な面々にはマイナー側の視点や心情がどうやっても共有できなかったにもかかわらず、彼はしっかりその感覚をわかっていたのである。 で、彼が言った。「そうだよね、リア充カフェとかってそこは解けないよね。なんか、保健室みたいなやつが必要なのかもね」と。まさにそういうことかもしれない。まあ僕自身は保健室常連系とかではなかったけど。

ところで上述の若者企画の場で僕がずっと一押ししていたアイディアは、ほっこり感たっぷりな雰囲気の女の子が発案したもので、それは全くわいがやオシャカフェでなく、もちろんイケイケバーでもなく、これまたほっこり感満載な「つくえ」というコンセプトだった。誰しも家の中では、読書とか裁縫とか、机に向かってやることが色々ある。そんないろんな机を散在させて、そこでは別にさわやかでノリノリのコミュニケーションはしなくてもよい。そしてそこに微かな仕掛けを挟んで行くと。マイナーのニーズにもきちんとはまるその考えに僕は共感した。そのアイディアを出した女性は大学生だったのだが、彼女はその後、自分の価値観の実践に向けて、最初の職場として迷いなくハイテク系の会社を選んだ。そんな感性を世の中は必要としているんじゃないか、と思ったりしたのだった。



マスタープラン

February 14th, 2017

最近、都市計画の分野の本を少しずつ勉強しているんだけど、これまでいかに自分が学んでこなかったかということがわかると同時に、この分野の仕組みや専門家の話が時代とずれている部分も少しわかってきた。

先週は偉い先生が都市マスタープランをいかに機能させるかを論じてる本を読んだ。マスタープランというのは、市区町村の街の姿を中長期的なビジョンとして描くものであるが、それが現実的な実効力をあまり持たないものになっていて問題である、ということが繰り返し書かれていた。そもそも市町村が一定の強制力を持って進められる構造になっていないから効力を持たないし、ゆえに誰も注目もしないと。確かに自分も含めて周りの人たちでも、自分が住んでいる区なり市なりのマスタープランに目を通したことがある人は少なそうだ。

そうした話を最初はふむふむと読んでいたものの、しばらく読んで徐々に違和感が出て来た。マスタープランが機能しないのは自治体への権限移譲が不十分な構造になってるせいだと言う話があるけど、それはすぐには変わらない所与の前提みたいな面があるだろうし、民間で経営する立場だったら政治体制や官僚システムの改善を期待するひまもなく、今の前提の中でワークする方法をすぐにでも繰り出すしかない。都市経営だとか言う以上は、もうちょっと現実をふまえないといけないのではないか?と思える。

で、そもそもマスタープランという考え方や言い方がもう違うんじゃないのか?と思いはじめた。今のある意味出来上がっている都市においては、行政側で識者と一緒に街の将来の絵を先に描いてマニフェストしても今やあまり意味がないのではないか?と。読んだところで内容がふわっとしているというのも確かにある。例えば新宿区のマスタープランで四谷地域については「歴史と文化の香りあふれ、多くの人が集まる夢のまち」とか、若松地域は「誰にもやさしい元気のあるまち」とか書いてある。戸山周辺は「生活交流の心」で、明治通りは「賑わい交流軸」だそうだ。なんじゃそりゃ。キャッチフレーズはまあよいとしても、具体的な部分でも優等生的なことしか書いていないし、風景や体験のイメージがわかない。インフラや大きな都市施設に関してはもちろん公が動かないといけないのは確かなんだけれど、「このあたりはこんな特徴を持ったエリアになる」といった定性的な話になると、そんなの行政が決めてその通りになるわけなくね?とか思ったりする。

地域の特徴とかアイデンティティというのは結局いつも市場(マーケット)の中で動いていくもので、市場でコトが動くというのは、個人なり企業なりがそれぞれに判断していくもので、その判断は不動産会社だろうとパン屋であろうと、収益見込みはもちろん、嗅覚とか個別の見立てとか、けっこう感覚的なものも含めた個別の意思の積み上げで起こっていくものだ。そこのマーケティングがベースになっていないと計画も間違える。用途地域を指定して「ここは近隣商業、ここは中高層住居・・」というのは結構な強制力があるのは事実だけど、それももうある程度できあがったものがあるわけで、ここからマスタープランを描いて、ルールに落とし込むということは行政のプランニングでどこまで適切に誘導できるのかというとかなり疑問。

もちろん行政には大いに役割があるし期待もあるけれど、街の進化や退化というのはとても有機的なもので、イメージ通り、ディレクション通りに進むわけはない。インフラや公共施設というものも、そうした有機的に起こっていく状況を見ながら後追いでやっていく方がいい気がする。だから、マスタープランというのはビジョンを先に規定するものではなくて、仮説に過ぎないわけで、あくまで仮説でしかないという前提で毎年毎年、現れたり消えたりする街のコンテンツや空気との関係で修正するべきものだと思う。

さらに言えば、マスタープランという代わりに「ポテンシャルマップ」みたいなものがある方がしっくりくるのではないかと思える。
すでにある現状を前提に、再開発目線というよりもっとリノベ目線に重きをおきつつ、ポテンシャルを描くためのもの。それが実際その通りになっていくかどうかは住民や事業者の意思や判断なわけだけど、それは偶然ともいえる具体のヒトの登場や出会いやスイッチの入り方によってコトが起こり、街がどっちの方向に振れるかも変わっていく。ポテンシャルマップには、住民なり企業たちが描き込んでいくことができ、ここはこういう場所だよ、こういう場所になるのがいいよ、おれここでこういうことやるから、ということを書き込んでいくイメージの仕組み。

住民や事業者による「ここはこういうエリアだよね」という認識レイヤーも、妄想レイヤーも、プレーヤーたちの実践がマッピングされていくレイヤーも、行政によるプランニングのレイヤーもあって、それらが公開されつつ、各レイヤーの整合性を漸次的に進めていくためのインフラとルールのマネジメントは行政の役割。そうしたマップの姿が街のアイデンティティを浮かび上がらせ、行政に望まれるインフラや施設のニーズも浮かび上がらせ、人の意思にスイッチも入れる。みたいなやつ。

産業の誘致も誕生も維持も、先に計画ありきではなく、むしろこうした状況の可視化と実装とともに起こっていく。言い換えれば、市場が先、マネジメントはむしろ後、みたいな。まあ現実はすでにそうなっているともいえるかもしれないけど。

ポテンシャルマップとマネジメントレポート、というセットがむしろ主役になっていて、それを公共主導の具体的なインフラプランとして支えていくのがマスタープラン、みたいな感じ。「マーケット」と「ストリート」からの発見をふまえて、マネジメントはそれを反映していく。そう考えると、行政や大学というのは、マーケットとストリートの両方からある意味もっとも遠いポジションだったりするので、実効力のあるプランを自ら先につくろうとするのはなかなか難しいのではないか。

ちょっと別の話になるけど、都市計画の話では「都市軸」とかいう言葉もよくでてくる。これも古いなと思う。大きな道路が都市軸だという前提で書いてあることが多いけど、本当の都市軸は狭い路地かもしれない。みんなの頭の中にそれぞれの軸があるともいえるし、動線や居場所というのは道路のスケールなんかとはむしろ対極にあったりする。

と、つらつら偉そうに考えてみたが、いずれにせよ確信しつつあるのは、専門家たちですら「もうかつてのパラダイムじゃないのだ」と言いながら意外と抜け出せていない面がまだあるのかもしれないな、ということ。自分もリノベスクールなんかから学ぶことが多く、考え方がどんどん変わっている気がしている。都市計画の発想を、パブリックがリードしなきゃという前提から、パブリックは並走するんだという根本的な立ち位置感覚に置き換える必要がある。
なんてことを思いながら今週末は岡崎のトレジャーハンティングで戦略づくりのとっかかりを考えることになっていて楽しみにしている。



都市デザインの手順

January 24th, 2017

昨日はかねてから本など読んで共感してきた都市計画の大御所である蓑原敬さんと色々話をさせてもらった。

ミクロな点を打っていくことは、いまの都市デザインにおいて戦術として有効性を増していること、同時にそのベースとして都市レベルの戦略ストーリーが必要であるという話を強調されていた。つまり、どういう都市・街をつくっていくのかというイメージ仮説を持っておくということ。そのとき、風景や物理的な構造としてのデザインという意味では、それは言語化したり現実性を持った絵にすることは今となってはとても難しいと感じているようだった。

それを聞いていた思ったのは、その戦略・ストーリーというのは実はハード環境に軸足を置いた話として構想しようとしても難しいのだということ。むしろ、生活像や日常のシーン、人間関係、仕事のあり方、遊び方、といったものこそが人々にとっての街の風景やイメージであって、それらを先に描くという手順であるべきだということ。

それはある意味で都市のコンテンツのあり方、又はあえて言えばSNS上に描かれる世界にも近い。それがどういう多様性を持っていくのか、あるいはその前提となる価値観はどういうものかを先に描く。空間の多様性を先に描こうとせず、人の生活像や生き方・価値観の多様性を先に描き、それをマスタープランであると捉えるのが今の日本の都市の計画手順ではないか。そしてその上で、それをサポートするハードを考える。ハードの姿は統合的なデザインを描こうとせず、有機的に変わり続ける中での暫定的な、そして同時に本質に近づく答えを、ある程度アドホックにつくっていけばいいのだろう。(その都市に生きる人々のストーリーのポートフォリオを描くという意味では、ポールオースターのナショナル・ストーリー・プロジェクトに似ているな、と思った。)

一方で交通インフラの設計などの話はどうなのか。これも実は同じことで、都市経営の視点からの分析をふまえながら、その街での生活像やその多様性のありようを描き、それを構造的戦略的に整理したソフトのマスタープランとして持ちながら、それをふまえてインフラも、現実的で魅力あるシナリオとしてデザインしていくべきなんだろう。

抽象的なアプローチ論のレベルではあるけれど、そこまでは自分の中で合点がいった。
そして僕は蓑原さんに、「自分は都市計画的な専門知識や知見に欠けていて、その領域では亜流なんだけれど、不動産や建築に関わる(投資と実需の)マーケットの力学に触れてきたことで得られた視点は多少なりとも意味を持つんじゃないかとは思っています」と言ったとき、蓑原さんは、「いや、むしろそれが本流だと言うべきなんだ。国家が主導した時代のかつての都市計画の知見は現在においてはむしろ亜流なんだ、くらいに堂々と言っていい」と言ってくれたことで、自分のこれからの役割へのイメージが少し進んだ気がした。民間、市民の立場で小さな点を打ったりそれをつなげたりするアクションは引き続きやりつつ、上に書いたようなソフトサイドのマスタープランをいろんな人とともに描きつつ、そして同時に人々の価値あるフィールドプレーを加速させるために、ルールを創造的にリデザインするためのアクションを同時にやっていく。蓑原さんと会う前、西村浩アニキとその3つめに関するアクションについて話したのだが、そこもちょっと見えてきたので、今年は少しずつ進めていくことにした。



新島にて

October 17th, 2016

この4日間、久しぶりに新島で過ごした。
初日から風邪気味でだるかったのに、船から島に下り立った瞬間にす〜っと体から何かが抜け出てスカっとした気持ちになって、あ、島に来たんだなと思った。未だに謎なこの現象。

しごとをつくる合宿というのをナカムラケンタが地元商工会とともに企画し、僕はメンターみたいな立場で参加した。総勢25人ほどのメンバーが3チームに分かれ、地域課題を解くための即興提案を二日半でつくるというもので、まあぶっちゃけ島の外から若者たちが訪れていきなり島の難題を解くなんてことができるわけがないんだけれど、それでも小さな町ではそういうことから何かが生まれて前進が起こるものだということは知っている。

参加者たちは数日のあいだ頭をフル回転させて議論したり地元の人の話を聞いたりプレゼンしたり飲んだり地元の人たちの素敵さに触れたりして、この場所に愛着を感じるようになって、それだけでもハッピーなことではあるけれど、この島で具体的なコトが進むという意味でもやっぱり前進は起こった。

一通りのプログラムが終わったあと、一息つきながら石渡君と話しているとき、今回みんなから出されたいくつかのアイディアと、参加者の若者と、最近島に戻ってきた一人の音楽家の女性と、2年前にやってきた飲み屋の大将と、そしてたまたまヒアリングを行った物件と、島の小さな会社と、僕らのシェア拠点と、それらを組み合わせることで動き出す一つのシナリオが浮かび上がったのだった。

何の細胞や作用が生み出すのかよくわからないけれど人の頭の中にアイディアというものが生まれる。それが人に伝達される。それに触発されて人にスイッチが入る。すると、何のどんな作用かわからないけど人は頭の中に自然エネルギーを生み出して、次なるアイディアやアクションを生み出す。そうしてスイッチの押された誰かと、少し進化したアイディアと、そして以前から近くに存在していた場所・空間といったものをつなぎあわせて編集してみると、面白く前進するコトの設計図が浮かび上がっていく。そんな瞬間の感覚はたまらない。

僕らは去年、宿+カフェ saroの営業を終えてから島の別の物件を仲間の6社で借りて、サテライト仕事場兼保養所のようなシェアセカンド拠点をつくった。ここを島の人たちもいろんな形で使える場所にしようと思っていたけれど、イメージ通りにコトが進むには何かのピースが足りていなかった。今回この場所で皆と飲み語りながらも、合宿の最中にこの場所を使ってどうこうということは全く考えていなかったのだけれど、振り返ってみるとその足りなかったピースが見えてきた。小さな一歩から大きな課題解決につながるストーリーの一部にこの場所も活かせる、と思えたことは自分にとっても収穫だった。自分はこの島であまりお金は儲けていないけど、相変わらず大きな学びと喜びをもらい続けている。

ところで今回、複数のチームに共通していたのは、公共施設と民間のソフト運営を重ね合わせる考え方だった。公共施設はただ公共施設としてつくられても機能しきれず、一方でソフト運営のためのハコであったり、ソフト運営における幅広い動員集客には公共性が意味を持ったりもする。人口の小さい地域ではきっとこの考え方は有効で、”上”の人たちともその意味をしっかり共有できたらと思う。

ところでもうひとつ嬉しかったのは、新島に新しい宿ができたこと。今までも色々お世話になっているクミさんが一念発起して古い物件をリノベしてできたHostel NABLA。この秋にオープンする予定だが、想像していた以上に魅力的な空間になっていた。これまでになかったいろんなことが起こっていく場所になるだろう。僕らのsaroに影響されてこれをやろうと思ったとクミさんに言われたのは本当に嬉しかった。



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