離島論
September 30th, 2012
諸々の経緯は省略するけれど、3年前に仲間と宿をやることになって、行ったり来たりしているうちに、新島という場所は僕にとって特別な場所になった。その自然、人の素敵さ、コーガ石の家々・・魅力は色々あるけれど、東京なのに驚くほど静かな空気が流れ、商業的なものが少ない素朴な風景に、とにかく魅了された。最初は、好きな場所に自分たちの居場所をつくることや、宿をつくって人を呼ぶことへの興味から始まったのだけど、少しずつ、島の未来を意識するようになってきた。雇用が減ったり、テトラポットが増えて海の風景が徐々に変わっていったりと、気になる状況が目につく。どうすればこの島に安心と希望に満ちた未来が開けていくのか。島の人たちと話したり、財政の数字を調べたりする中で、それがかなり大変な課題だということはわかってきた。
問題の構造はこうだ。数十年前は離島ブームで観光収入も多く、人々は問題なく暮らすことができ、新しい家もいっぱい建った。その後少しずつ来島者が減り、観光産業の状況は大きく変わった。よりマクロな構造としては、この数十年で世の中のあらゆる産業がグローバル競争の中で集約化・合理化が進み、離島という地理的前提の不利がどんどん際立つようになり、地域産業の成立構造はどんどんシビアになった。そうして他の離島と同様に、2600人が食べて行くための経済構造は、徐々に公共の建設事業に頼る度合いが高まった。そしてここへきて、今後公共事業が同じ規模では続かないことが見え始め、同時に高齢化も進んでいる。補助金や公共事業なしで自立しよう、なんてことがどれほど難しいことであるかは調べればすぐにわかる。
今いきなり港の整備工事やその他の公共建設事業が仮に3分の1になったら、明らかに島の経済は立ち行かなくなるだろう。恐らく島民の半分は島を出て他の場所に仕事を探しに行くことになり、残った人の生活レベルは大きく下がり、現代における常識的な範囲の暮らしができなくなるかもしれない。暮らし方を変えればいい、とか、一次産業をがんばって自給率も上げて地域の資源を育てて行こう!と言ってすむようなものではない。とはいえ構造転換は当然に必要であり、その未来の構造のデザインを何とか描いていかなければいけない。いわゆる就職先、でなくとも、ここに住む人の”シゴト”は存在しなければならない。
この島が今後も美しくあってほしい、そして経済的にも成立し、ここに生まれ育った人たちが、ここに住みたいと腹をくくって思ったときに、贅沢でなくとも人間的に住めるような場所であるべきだ、という前提に立ったとき、今のままではそれは維持できないように思える。世の中の技術が進歩すると、離島にとって産業的な競争力は下がる方へ向くという構造は、例外はつくりえるとはいえ、マクロ的にはそう簡単には変わらない。みんなが自給自足でいけるかというと、それは100年前の生活に戻ることが前提になるような世界であって、それがいやならここを去れ、というのも早計すぎる。
まだまだ抽象的なレベルだけれど、僕は一つの仮説を立てている。それは、よく言われる「地域資源に注目せよ」というものを少し広げて考えたものだ。簡単に言えば、ここは地元の人の生活の場でありながら、東京首都圏の人のための、一つの公共性を持った場所、例えて言うなら「公園」と考えてきちんと島をデザインしていこうというものだ。今後も産業の都市化は全体としてはまだまだ進まざるを得ないのが現実であるが、そのとき都会の人たちの日常は今と同様あるいは今以上に息苦しいものになる可能性がある。そのとき、離島は大都市圏と組み合わせとして価値を持つ。高密度のマンハッタンの真ん中にセントラルパークがあるように、東京には、都会の風景や時間と切り離された島があるということは絶対に価値がある。それは単に静かで癒される風景や空気だけでなく、都会の人が人間的な心を取り戻すための様々な「体験」まで含めたものである。そしてその提供が島の人たちのシゴトになるようなイメージである。
新宿御苑の植栽管理をする人たちの給料を、税金でまかなうことに異論を持つ人はあまりいないだろう。もし例えば新島が都会に住む人たちにとって本当に価値のある空間や体験を提供することができれば、それに一定の税金が払われることも理解されるはずである。少なくとも、本来必要がないような公共工事における原材料費を膨大に払うことよりは安く済む話である(今の工事が不要だと言っているわけではないが)。新島は、本州本土の郊外・田舎とは異なる価値を提供できる潜在力を持っている。その価値は離島ブームの頃のそれとは違う、島の多くの人(恐らくは役場の人たちも)がまだあまり理解していない価値である。もちろん、そのためにやることは色々ある。必要なのはビジョンと感性と努力、そして先見的な判断である。
ただ、未来のあるべき構造が具体的に見えたとしても、いきなりそこにシフトすることは難しく、ある程度の時間をかけていく必要はある。今、島の建設会社も島の雇用を支える使命もきっと感じながらがんばっているわけで、単に建設から他へすぐにでもシフトしよう等ということは答えだとは思いにくい。シフトの手順として一つ可能性があると思うのは、10年20年後のビジョンを描いた上で、まずは土木的な投資を一気に減らすのではなく、まず土木投資の”中身”(まずは、額でなく)を変えて、未来象に向けての準備としての投資をしていくことではないか。それがどういう内容であるべきかを考えるところには、都会の人たちの創造性も発揮すべき部分がある。実際、今の新島はその自然資源を、来島者が見て感じることが極めて限定的にしかできないインフラ的状況がある。ここには、建築家とかランドスケープとか、そういう人たちにできることもあるはずだ。離島の個別の未来像を真剣に考えていく中で、地道なアクションや、コミュニティの話や新しい生き方の話とともに、ハード(建物ではないかもしれないが)のデザインの課題も未だあり、それは経済構造や価値観シフトの話と完全に同時的に考えいくべきものであると思っている。
まだまだ全然”わかっていない”よそ者の感覚でいい加減なことを言ってはいけないとは思っているけれど、自分の中での一つのテーマとして、人に考えを話して反論を受けたりもしながら、少しずつでも理解を深めたりアクションがとれればと思っている次第。