離島論

September 30th, 2012

諸々の経緯は省略するけれど、3年前に仲間と宿をやることになって、行ったり来たりしているうちに、新島という場所は僕にとって特別な場所になった。その自然、人の素敵さ、コーガ石の家々・・魅力は色々あるけれど、東京なのに驚くほど静かな空気が流れ、商業的なものが少ない素朴な風景に、とにかく魅了された。最初は、好きな場所に自分たちの居場所をつくることや、宿をつくって人を呼ぶことへの興味から始まったのだけど、少しずつ、島の未来を意識するようになってきた。雇用が減ったり、テトラポットが増えて海の風景が徐々に変わっていったりと、気になる状況が目につく。どうすればこの島に安心と希望に満ちた未来が開けていくのか。島の人たちと話したり、財政の数字を調べたりする中で、それがかなり大変な課題だということはわかってきた。

問題の構造はこうだ。数十年前は離島ブームで観光収入も多く、人々は問題なく暮らすことができ、新しい家もいっぱい建った。その後少しずつ来島者が減り、観光産業の状況は大きく変わった。よりマクロな構造としては、この数十年で世の中のあらゆる産業がグローバル競争の中で集約化・合理化が進み、離島という地理的前提の不利がどんどん際立つようになり、地域産業の成立構造はどんどんシビアになった。そうして他の離島と同様に、2600人が食べて行くための経済構造は、徐々に公共の建設事業に頼る度合いが高まった。そしてここへきて、今後公共事業が同じ規模では続かないことが見え始め、同時に高齢化も進んでいる。補助金や公共事業なしで自立しよう、なんてことがどれほど難しいことであるかは調べればすぐにわかる。

今いきなり港の整備工事やその他の公共建設事業が仮に3分の1になったら、明らかに島の経済は立ち行かなくなるだろう。恐らく島民の半分は島を出て他の場所に仕事を探しに行くことになり、残った人の生活レベルは大きく下がり、現代における常識的な範囲の暮らしができなくなるかもしれない。暮らし方を変えればいい、とか、一次産業をがんばって自給率も上げて地域の資源を育てて行こう!と言ってすむようなものではない。とはいえ構造転換は当然に必要であり、その未来の構造のデザインを何とか描いていかなければいけない。いわゆる就職先、でなくとも、ここに住む人の”シゴト”は存在しなければならない。

この島が今後も美しくあってほしい、そして経済的にも成立し、ここに生まれ育った人たちが、ここに住みたいと腹をくくって思ったときに、贅沢でなくとも人間的に住めるような場所であるべきだ、という前提に立ったとき、今のままではそれは維持できないように思える。世の中の技術が進歩すると、離島にとって産業的な競争力は下がる方へ向くという構造は、例外はつくりえるとはいえ、マクロ的にはそう簡単には変わらない。みんなが自給自足でいけるかというと、それは100年前の生活に戻ることが前提になるような世界であって、それがいやならここを去れ、というのも早計すぎる。

まだまだ抽象的なレベルだけれど、僕は一つの仮説を立てている。それは、よく言われる「地域資源に注目せよ」というものを少し広げて考えたものだ。簡単に言えば、ここは地元の人の生活の場でありながら、東京首都圏の人のための、一つの公共性を持った場所、例えて言うなら「公園」と考えてきちんと島をデザインしていこうというものだ。今後も産業の都市化は全体としてはまだまだ進まざるを得ないのが現実であるが、そのとき都会の人たちの日常は今と同様あるいは今以上に息苦しいものになる可能性がある。そのとき、離島は大都市圏と組み合わせとして価値を持つ。高密度のマンハッタンの真ん中にセントラルパークがあるように、東京には、都会の風景や時間と切り離された島があるということは絶対に価値がある。それは単に静かで癒される風景や空気だけでなく、都会の人が人間的な心を取り戻すための様々な「体験」まで含めたものである。そしてその提供が島の人たちのシゴトになるようなイメージである。

新宿御苑の植栽管理をする人たちの給料を、税金でまかなうことに異論を持つ人はあまりいないだろう。もし例えば新島が都会に住む人たちにとって本当に価値のある空間や体験を提供することができれば、それに一定の税金が払われることも理解されるはずである。少なくとも、本来必要がないような公共工事における原材料費を膨大に払うことよりは安く済む話である(今の工事が不要だと言っているわけではないが)。新島は、本州本土の郊外・田舎とは異なる価値を提供できる潜在力を持っている。その価値は離島ブームの頃のそれとは違う、島の多くの人(恐らくは役場の人たちも)がまだあまり理解していない価値である。もちろん、そのためにやることは色々ある。必要なのはビジョンと感性と努力、そして先見的な判断である。

ただ、未来のあるべき構造が具体的に見えたとしても、いきなりそこにシフトすることは難しく、ある程度の時間をかけていく必要はある。今、島の建設会社も島の雇用を支える使命もきっと感じながらがんばっているわけで、単に建設から他へすぐにでもシフトしよう等ということは答えだとは思いにくい。シフトの手順として一つ可能性があると思うのは、10年20年後のビジョンを描いた上で、まずは土木的な投資を一気に減らすのではなく、まず土木投資の”中身”(まずは、額でなく)を変えて、未来象に向けての準備としての投資をしていくことではないか。それがどういう内容であるべきかを考えるところには、都会の人たちの創造性も発揮すべき部分がある。実際、今の新島はその自然資源を、来島者が見て感じることが極めて限定的にしかできないインフラ的状況がある。ここには、建築家とかランドスケープとか、そういう人たちにできることもあるはずだ。離島の個別の未来像を真剣に考えていく中で、地道なアクションや、コミュニティの話や新しい生き方の話とともに、ハード(建物ではないかもしれないが)のデザインの課題も未だあり、それは経済構造や価値観シフトの話と完全に同時的に考えいくべきものであると思っている。

まだまだ全然”わかっていない”よそ者の感覚でいい加減なことを言ってはいけないとは思っているけれど、自分の中での一つのテーマとして、人に考えを話して反論を受けたりもしながら、少しずつでも理解を深めたりアクションがとれればと思っている次第。



人生価値

September 23rd, 2012

5年ほど前、とある大先輩に相談ごとをした時に言われたことがある。「人はみんな各々の人生の価値を最大化すべく努力したり決断していくものだ。そこに一定のエゴがあるのは当然で、それを悪いことだと過剰に思う必要はない」と。僕の中にその言葉はかなり残っていて、時々思い出すし、少しずつ自分の中で解釈を加えている。

自分の人生価値を最大化しようとするとき、そこにある自分の欲なりエゴなり希望なりが、他人の人生価値を明確に損ねることが明らかである場合、そうした行為は否定するというのが法律や道徳である。10代の女子が同年代の彼氏をいきなりフるのは、相手の人生価値を長期的には損ねるわけではないので、道徳的に否定されるものではない。自分の人生価値が、他人の人生価値とすごく連動する人は「いい人」と言えるだろうし、逆に、他人の人生価値が下がった方が優越を感じて、自分の人生価値を上げる、という人は「いやなやつ」ということになる。

ところで人生価値とは、自分の最終的な人生への満足度なのか、あるいは自分が楽しいとかつらいとかとは別に、世界に貢献した度合いのことを言うのか、言語的にはどちらにもとれるのだけど、ここでは前者の意味で言っている。自分の人生価値の指標が、世界に貢献した度合いという指標と重なる人は「偉い人」。「いい人」はむしろ、身近な人の人生価値と自分の人生価値が連動する人という感じだと思う。

わりと最近、Incognitoのライブをのぞく機会があり、なんか気分が大学時代までさかのぼって楽しかったのだけど、リーダーのブルーイ(だいぶおっさんになった)がとても素敵だった。震災後の日本を心配応援する言葉を言うときの彼の顔に嘘はなかったし、「みんな音楽を好きでいてくれて嬉しい、これからもずっと音楽を大事にしてね」と何度も言う彼は、一人のミュージシャンとしてだけでない視野を持つに至ったように思えたし、僕らのメンバー紹介するよ、United Nations of Incognito !と言って世界中から集まってる若者を丁寧に紹介している彼は自分も本当に幸せそうだった。そうして自分は目立ちすぎることなくチームを後ろからしっかりまとめている。いい人であり、偉い人、に見えた。

自分はどうかというと、あんまりいい人でも偉い人でもないということを自覚しているのだけど、まあそこはここで深堀りせず自己研鑽を積むとして、仕事のスタンス論に関して言えば、「得意な領域(=貢献できること)」と「楽しい/やりたいこと(=自分の好奇心の対象)」という2つの輪っかがベン図みたいに一部重なっていて、結果的に、その重なっている領域で仕事をするようにしている。それが結局、自分の人生価値をできるだけ高めるための自分なりのフレームと言うこともできる。

自分の場合、生活空間を皆が自分でこだわったりワクワクするようになるために何があったらいいかというのがいつも主題であり、それは人々の人生価値をプラスにすると信じていて、で、その中で自分の貢献度の高いことをやるということになる。得意なのは、一つ一つの空間の形をつくるよりも、人が色んな生活のシーンをつくっていくための場のアイデアと場づくり、あるいはさらにその中の一部だと思っているから、そこに集中する。ライフスタイルっていう言葉はどうしてもおしゃれのトーンみたいな意味を帯びてしまうところがあるので、あえてカタい言葉に置き換えると生活様式、僕らなりの生活様式の提案を、場作りを通してするのが仕事。ちょっと風呂敷広げて言えば、豊かに生きる方法の提示や発明がしたいのであって、現代・未来の世界の諸条件の中で、皆の人生価値を維持し、上げるような生活様式をつくること、そしてそれが自分の人生価値も上げるようなかたちでやっていくと。
ふぅ。ものすごくかっこつけて言うとこんな感じになるのかな。。またそんな回りくどいうんちくで人生考えるのかよ、と言われそうですが、そういうサガなのです。



コンサバ

September 20th, 2012

久しぶりにフランスとスペインの街を何カ所か回っての雑感もろもろ。

・相変わらずヨーロッパ都市の中心街の風景は、変わらない、崩れない、美しい。
 コンビニない、スタバもあまり増えてない。

・ヨーロッパの意匠をひたすら守っていて、昔から、他の国からの輸入にあまり興味がない。
 プライド高く、コンサバティブ。そして、ある種の退屈。我慢は強さ。
 日本は輸入の歴史。コンプレックスがあるのだろう。

・同じ美学をずっとやってるから、誰でも一定のレベルでできるようになってる。
 田舎の爺さんでも、きれいにまとまった店をつくる。
 コードの共有と伝承。手本て大事だよね。

・日本はそのような同じ美学による統一でなく「異質」をどんどんやっていけばいいと思うけど、
 ある種のコードは誰かがつくるべき。コード開発と異質追求と、両方。
 建築家も、前衛・異質をやる人と、コードや手本やる人がいないといけない。半端はいけない。

・パリというのは街全体が世界の表参道って感じ。
 好きだけど、どこいっても全部オモサンだとちょっときつい。
 でもここにはいわば青山が好きな人が集まってるから、これが保たれていく。

・例えば歌舞伎町とかあまり好きではないけど、あれが落ち着く人もいる。
 いろいろある東京はいいなとは思う。ただ、中途半端も多い。もっと色んな濃さができたらいい。

・いずれにせよヨーロッパのコンサバ風景は価値あるものだ。
 これから経済戦争で劣位になって、侵略されて壊されないように願いたい。

・なんか、建築の意匠ってテーマとしてはだんだんきつくなってるというか。
 車も携帯も、形態(だけ)の追求ってもうコアテーマじゃないように、建築もさすがに。。
 意匠中心にで勝負できる・勝負すべき機会はごく一部。
 そんなことを感じた。



楽しい晩年論

August 25th, 2012

我ながら意外なことに、最近ときどき「将来」のことを考えるようになってきた。もうそれなりの年なので、将来というのはつまり65歳とか、そういう話である。自分は今は割と自由にやりたい仕事をやって、若干ユルくも楽しい日々を送っているけれど、もっと着実で大人っぽい人生を選べた瞬間は確かにあった。かつての同級生や同僚の中には立派な会社で大きな仕事をして、キャリアを積んで貯金もきちんとたまっていそうな人たちがいる。基本的には彼らは、暑いからといって短パンで自転車で移動しながら仕事したり、思いつきで儲かりもしない仕事を始めたりはしていない。大きな組織の制約やプレッシャーの中でストレスも感じつつも、プロ意識を持って進化して、充実しているはずだ。

そういう友達に「でっかい仕事して、すげえなぁ〜」と言うと、「いや〜なかなか大変だよ。お前は好きなことして楽しそうでいいな〜」とか言われたりする。ぶっちゃけ、「YES!稼ぎとかは大したことないし、世の中のど真ん中にはいないけど、きっとおれの方がハッピーなんだぜ!」と思ったりもするんだけど、実は一方で「でも・・65歳になったときにはどうなんだろうか・・」ということを少し想像するわけだ。もしかすると25年後の僕は、割と楽しげな仲間は色々いるけど、好きにやってきた結果として、貯金もなくなっちゃってて、不安な老後を目の前にし、もっとキッチリやってきた人たちは安心な老後を迎えるのかもしれない。そのときになって「うわあ!こういうことだったのかああああ!」と後悔したりするんだろうか? それが一つ。そしてもう一つは子供。既に友達はみんな子供がいて幸せそうにしているが、自分は子供を絶対に欲しいというわけではないこともあって、子供のいないじいさんになる可能性はそれなりにある。息子が遊びにこないじーさんになって、娘や孫と集まって新年を迎える周りのじーさんをうらやましく思って、「うー、寂しいよー!」となるのか?とか。

まあ子供に関しては流れにまかせるとして、とにかく仕事に関してはもう、やりたいことしか絶対できない身体になっている(会社つぶれたりしない限りは)。僕は多分割とラッキーな人間だと思っているので基本的に不満や後悔はないんだけど、将来の安心を重視して計画したりしてはこなかったことは確かだ。今後も今のノリのままでやっていくのがいいのか、少し将来の安心を重視して生きていった方がいいのか。今の結論としてはしかし、少なくとも自分の場合は、やっぱりやんちゃに今の充実やワクワクを優先していくのが絶対に良いと思っている。なぜか。

僕の場合、例えば65で仕事をだいたい引退したとすると、70ちょいまでゆるく旅しながら本とかいっぱい読んで死ぬ、くらいがいいな、というのがまずある。そのくらいなら仮にあまりお金とか溜め込んでなくてもなんとかなるだろう。でも、そのときになって意外と、まだまだ生きたい!とか、死ぬなんていやだ!と思っていたり、はたまた「そもそも自分で死ぬって無理だし、やけに健康なんだよね。困ったことに」ということもありうる。

その場合、仮に80歳までいわゆる老後を過ごすシナリオを考えるとすると、まずどんな住み方をするのか。とりあえず寂しい暮らしはいやだから、多分、家はシェアを考えるだろう。一人でも、奥さんやパートナーと一緒であっても、僕は周りの楽しい爺さんや婆さんを巻き込んでシェアすることを考える。で、おれはもうすぐ死ぬぜ!とか言いながら酒飲んだり、仲間と順番に下手なギターソロとかキメてウォ〜と盛り上がったり、苔盆に凝ってみたり野菜つくってみたり、爺さん同士てテレビで美女の批評して喧嘩したり、名作映画見て泣いてたりする。そのとき住む家は多分、今のR不動産的な物件であって、決して公共施設っぽい老人ホームではない。庭があればいいけど、マンションだって木賃だってかまわない。とにかく楽しげで、居心地のいい空間がある。DIYもしてる。人数は7〜8人くらいがいい。爺さんだけじゃなくて40代くらいの独り身の女性なんかもたまに混じってても楽しい。徒歩5分圏内にまた似たような場所があって、行き来しながらたまに一緒に七輪とか囲んで飲んでいる。そこには時々仲間の孫が遊びにくるから、そのときは自分の孫のような気分でかわいがる。時代遅れの爺さんといえども、それまでさんざん好きでやってきた仕事から得た経験・ノウハウを若者に伝授する私塾とかやるのもいい。その頃にはキーボードは打てなくなってもネットで色々できるはずだし。それで少しはこづかいになったりして、それでお手伝いのお姉さんに来てもらって、たまにはこっちが旨いものでもつくって一緒に盛りがり、古いギャグかましてあきれられたりする。自分が本当に寝たきりになったり死にそうになったらそのままバイバイという方向で対処してくれるよう周りに仕切っておく。ともかくそんな感じで、多分寂しくない自信はある。

ところでそんな家のことを考えていくと、今まで自分では当分なにも提案できないと思っていたお年寄りの世界に対しても、何かおもしろいことができる気がしてくる。リアルに自分のニーズを考えていくと、もっと楽しい空間つくればいいじゃんと思えてくる。クリエイティビティが活かせるところは色々あるはずだ。まずは、ロックでハッピーな爺さんのための共同住宅、といったところ。(誰か、やらない?)で、意外にそれを本気でやったら当たってしまって金持ちになっちゃったりするかもしれない?が、そんなことはどちらでもいいのだ。いずれにしてもハッピーに死んでいける、そういうズルいコンセプトであり戦略なのだ。

「医療にかかる金ってのもあるんだぜ。のんきなこと言ってると後悔するぜ」と言われるかもしれないが、そもそも無理して長生きする必要がないように今を生きる、という話なのだから大丈夫なのである。はたまた「年老いたらそんなやんちゃっぽくできないよ」と言われるかもしれない。でも多分そうでもない。今もロックな爺さんたちはいっぱいいる。自分自身、子供の頃に思っていた40歳の自分よりも、実際なってみるとそれははるかにやんちゃで楽しいものだった。ともかく将来に楽しいイメージを持つことは重要だ。それを世に示して広げることもいいことだ。それによって人々はより良い方向に動いていく。

だけどそのために、今は楽しくがんばらなきゃいけない。そうでないと仲間もいなくなっちゃうし、がんばらないと周りや若者に何かをGIVEすることのできる爺さんになれない。技や知恵や経験や、最低限の蓄えくらいは持って、同志たちと充実した日々を送って、悔いなき晩年をすごし、そのときがきたら、少し早めに、笑って死ぬ。
そんな感じがいいなと思っております。



肉野菜炒め論

August 15th, 2012

僕は肉野菜炒めが好きだ。最近は火曜日昼の定例会議の出前はカオマンガイが続いているけど、そのうちまた以前のように近所の中華「湖瓜」の肉野菜炒めの時代が復活すると思っている。肉野菜炒めは、当たり前だが肉があって野菜があってご飯があって、そのどれもに意味があり、喧嘩することなく混じり合うものである。人間というのはだいたい、肉と草と穀物をうまいことミックスして食べてるわけであって、ある程度進化した世界において、肉だけとか草だけで生きていくのはなかなかツラいものだ。

で、最近なんとなく、肉的な価値観と草的な価値観がぶつかっているような感じに違和感を感じることが多い。ここでいう肉的というのは20世紀的・資本主義的なベースというか攻め系というか、あるいは科学的であったり合理的であったり、なんとなくそっち系で、草的というのは、もっと根本的に人間のまっとうなあり方を考えようぜ寄りというか、そんな意味である。昔からいつだってある図式ではあるけれど、最近の原発論あたりで内田樹氏とか坂本龍一氏とかが池田信夫氏的あたりとぶつかる感じとかを見て、なんかもうちょっとうまいこと混ぜ合わせて炒められないもんかなあと思ったりする。

日本人はこれから新しい価値観とか匠の技をさらに深めてうまくアピールもすべきだし、一方でハイテクもビジネスの攻めもやっていかないと現実的には大変だ。いろんな人がいて、その層の厚さや多様性が存在感になっていくのがいいし、同時にそこでは野菜を前提とした肉のふるまいも、その逆も両方必要であって、さらに謙虚で主張しすぎないご飯とあいまって美味しい調和を生んでいけばよい。ただここにはいくつか問題があって、一つは、肉好きは野菜も食べるけど肉を食べない人は食べないという状況、つまり草系は割とがんこに閉じる傾向があるということ(言うまでもないけど、自分がベジタリアンにネガティブとかではなくて、たまたまの例えですのであしからず)。そして、いまも恐らく日本では主流である肉寄りの欲望や幻想をベースとする人々の、ゴールやあこがれの指標が時代の現実とずれているということ。

ある本で原研哉さんが「デザインとは欲望のエデュケーションである」と言っていて、さすが先生しゃれた表現しはりますなぁと思った。欲望はとかくルーズに拡散していくものだが、それにケジメをつけつつ健全な方向に導くのが文化であり、デザインはそれをサポートするのだと。それはモノだけじゃなく、社会システムも産業も、そして価値観とか教育にも多分あてはまめて考えることができる。アジアではこれから肉サイドの欲求がものすごい勢いで膨張してくるだろうけど、さすがにそうなると大変なことになる。先進国は自らの反省もふまえてそれをうまく健全な方向へ導くベクトルを立てるのがよいわけだけど、そこでは贅沢とか”一流”といった肉系ゴールにある指標やイメージの変更が必要になってくる。今まで自然的人的な資源のフロンティアを見つけて実現してきた貴族的な贅沢というやつも、それらのフロンティアがなくなって世界中のコストがあがり、イノベーションもそう簡単に全ての問題を解ききれないという時代に入って、さすがにあこがれの対象としておくわけにもいかなくなってくる。そこで提示される新しいイメージや評価軸のようなものが共有されていくには多分うまい言葉が必要で、そこではコピーライティングのような、クリエイターの出番もある気がする。

ちなみに僕は実はかなり貪欲な人間で、だからこそ欲望や選択をかなりマネジメントしている。基本的に、日常をわくわくして生きることや死ぬときに後悔しないことに対してかなりの執着があるため、それに対してけっこう戦略的にやっている。物質的あるいは地位的に高い方へ行きたいと思うと本来の自分の欲が満たされなくなるから注意するし、安定するとむしろ先が恐いからそこから離れるようにもしている。同時に攻めのビジョンもきちんと組み込むように心がけている。個人的には肉野菜炒め的バランスを維持しながら、楽しそうで世のためにもがんばってるおっさん、でありたい。

ともかく、肉がメインストリームで草がそえてあるステーキ時代は終わりつつあるわけで、ならば最高に美味しい肉野菜炒めはどこにあるのか、そのレシピはどこにあるのか、それが問題だ。少なくとも当面は。個人的には、最近そのレシピのヒントを色々感じたのはオリンピックだった。



失敗から学ぶ

August 5th, 2012

まじめなネタがマンネリ化してきたので、ちょっとしょうもないネタを。
批判されるのかな・・まあいいや。

数週間前、ある飲み会に参加した。それはいわゆるGからはじまるカテゴリーの会合であった。前日に昔の会社の同僚から「明日空いてない!?30代後半の男が一人必要なんだYO!」と言われて、たまたま空いてたし、その彼(もう100人を超えるような会社をやりながら、まじめな結婚相手探しにも勤しんでいるという立派な男である)ともしばらく会っていなかったので、「あ、おれ40だけど・・」とはあえて言わずに、行くことにしたのだった。

こちらも一応未婚ということで、そういう食事会的な素敵会合には今でもたまに呼ばれ参加することはあるので、17歳の第一回目から数えると必然的にかなりの回数参加していることになる。それだけ場数をふめば、本来不器用な僕でもある程度、場の空気をうまく回していくことは慣れているつもりだった。しかし今回僕は、今まで経験したことのないミスを犯したのである。僕はその場で「女性を”泣かして”しまい」そして「参加女性全員が一気に退散」という恐るべき状況を起こしたのた。

経緯はこうだ。先に集まった男子たちでしばし自己紹介や互いの仕事の話など。いい仕事をしてる魅力的な人たちだった。やがてきれいなOLさんが徐々に集まって、乾杯し、たわいない話とビールの時間へ。ご一緒させて頂いた女性たちは、僕の周りに多いややマニアックな女子や気合いの入った迫力女とは違って丸の内や赤坂などのまっとうなOLさんで、ぶっちゃけ僕としては話があまりかみあってはいなかった。試合開始のホイッスルから1時間ほど経って世間話が一回りし、お互いそこから深堀りするポイントがいまいち見えなかったこともあり、いわゆる最もスタンダードなクエスチョン、「どんなタイプが好きなんですか?」が出てきた。「うーん椎名林檎とか、ちょっとマッドなのが・・」「へえ〜」的なひと回しの後、こちらが聞くと、先方の一人(Aさん)から「誠実な人。」という見事なまでのユニバーサルアンサーが返ってきた。そこで次に、「ですよね。そりゃそーだ。ちなみに貴女の言うそれは、一生に一度たりとも浮気的なことをしない人、に限定されるのでしょうか。あるいは、男なんてアホだから一生に1度や2度の間違いはあるだろうが、基本的に自分を大事にしてくれる人、でも含まれうるのか?」と問うたところ、前者であると言う。

「なるほど素晴らしい。それは僕としても否定するものではないが、しかし、多少の余裕というか、太っ腹なマインドというか、ハンドルにも一定の遊びが必要であるような、そんな感覚もあっていいのではなかろうか、その方が貴女はより幸せになれるのではないだろうか」と続けた。「全く賛成できませんね。貴方はそういうよろしからぬことをしたことがあるのですか?」「いやまあ僕はともかくですな・・男性と女性というのはフェアであるべきと思うものの、差異というのはあると思うのですよ」「そんな差異、なんて、ないです!!」とちょっと微妙な展開に。僕は間の悪い会話展開で空気を悪くしつつあることに気づいたがしかし、時すでに遅し、そのあとの若干のやりとりを経て、彼女は以前のつらかった数年間を思い出したらしく、泣き出してしまったのである。周りはそれが冗談ではないことに気づくと、当然に空気は凍り始めた。僕は先方幹事に謝りつつ困り果てる。間もなく涙の彼女が席を外し、その流れで最終的にはそこから5分後にそのテーブルは、野郎飲み、俗に言う反省会へと移行していたのであった。(なおこの時の会合では流れ的に当然ながら名刺交換も行っていないため、本文章をAさんが読むことはありません)

翌日、某和食屋で飲みながら前日のいきさつについて議論していた。「僕もひどいことを言ったつもりはなかったんですが・・しかし結果的にそういう状況をつくってしまったことは反省すべきと思っています」といった話をしつつ、お米にこだわるその店でせっせと働く素朴な女の子を見て僕は思った。「昨日のAさんは、あのままだとなんだか幸せにならないのではないかと余計な懸念をしてしまう。でもこの素朴ちゃんは、好きな人に邪念など絶対ないと信じるタイプに思えるけれど、それでよくて、幸せになる感じがする」と。いわゆる美人度で言えばAさんが上である。するとそこにいた大人女性が言った。「私はAさんを知らないけれど、多分、自分への信頼感の差ではないかしら。自分や、自分の思い・感覚への自信とか、余裕とか。自分の価値を男で決めてはいけない」と。なるほど。。確かにそれは合点がいく。ではAさんがそれを獲得するには何が必要かと言えば、それはある種の成功体験であるように思える。では成功体験をいかに得るのかといえば、それは少なくとも今の彼女の場合、Gから始まる交流試合に参加することは早道ではなく、何か素敵なことに興味を持って自分を磨いていくことがむしろ大事なのではないかと思った。

僕は自分にもそれをあてはめて、今後の行動や考え方に反映していこうと思った。
失敗から学ぶことは多い。



質と量

August 4th, 2012

学生の頃のある日、友達と話していて気づかされたことがあった。それは「いいものが必ずしもいっぱい売れるわけではない」という、今思えばあまりにも当たり前の現実の話なんだけれど、そのとき僕は「そうか!! やはりそうなのかあああ!!」とやけに反応して、ある意味合点がいったのを覚えている。確か岩波映画がなくなるという話だか何かから、そういう話になったような気がする。別にそれ以前も、いいものは売れるはずだと信じていたとかいうわけではなくてむしろ、そうでもないんだなと感じつつ大して意識的に考えていなかったというだけだと思う。

で、そこから今に至るまで、そのことについてはいつも考えたり壁にぶつかったりしてきた。だいたい自分がおもしろいと思うものはど真ん中のメジャーではなくて、一方で超マニアでも超最先端でもなくその間であることが多いから、自分がイメージすることは大当たりするでもなく圧倒的固有でもないというようなコンプレックスがあった。本当はこういうものを多くの人が買ったり体験した方が世界はよくなるのに世の中では売れないのはいかがなものかとか、一見わかりにくいけどいいものを広げるにはどうしたらいいのかとか、はたまた、自分がいいと思うものをつくればいい、売れるかどうかなんて関係ねえ、と言えちゃうほど自分が確立できていないとか、そんなことを毎日のように考えてきた気がする。

本当にいいものは多くの人が感動するんだ、というのもあるけれど、多くの人が理解し賞賛するものだけがいいもの、というわけでもない。難しいことを誰でもわかるように説明することは素晴らしいけど、一部の人しか理解できないけどものすごい価値があるものはある。メインストリームになっていくエッジもあれば、そうはならないエッジもあって、どちらがいいかは一概に言えない。

昨日、内沼晋太郎くんや島浩一郎さんのやっている下北沢のB&Bという本屋にいって、Brutus編集長の西田さんとBeamsのバイヤーのボスである南馬越さんのトークというのを聞いたのだが、本屋自体と同様、期待した以上に楽しいものだった。僕はファッションの話は深いところは全然わからないけど、上海小吃で下ネタ全開だったマゴさんがプロとしてどんなふうに動いているのかが垣間見えてとてもおもしろかったし、お2人の、世の中に一歩前の時代感を見せていく役割とか、ビジネスとのバランスとか、それらにおいて必要なあざとさとか、自分の普段の興味の軸に沿った話もいろいろあって飽きなかった。最後には、R不動産の本もつくってくれている菅付雅信さんも壇上に混じってこれまたシャレた流れになったのだけど、そこで一人の若者が「かつてはエッジなものやカルチャーを伝える雑誌が多かったけど、どんどんなくなっている。平べったいものが受けるようになっている。エッジなことというのがもう求められていないのか?」というような質問をした。そしたら菅付さんは「新しい考えやカルチャーというようなことの、総量は変わらないと思う」と。「以前はそれがもっとパッケージされていたけど、今はそれがパッケージとして伝えられたり流行っていったりするわけじゃなくてもっと自然にあるんじゃないか。こうしてトークイベントがやたら増えたりデモが増えたりしてるのも含めて」と。

ある時代には、その若者のいう”エッジなこと”は、広告なり雑誌なりファッションなりという形でビジネスにいっぱい落とし込まれ、人はその情報・メッセージをお金で買う構造になっていたんだけど、そうじゃなくなってきた。そもそも親の世代の頃はマルクスとかサルトルとか読んでムズかしいこと考えて議論するのがシャレオツだったようだし、僕の生まれるちょっと前までは学生運動で石投げるのもある意味でかっこよかったんだろうし、今(あるいはちょっと前)でいうところの”クリエイティブ”的なことやビジネスが、粋の分野的にメジャーであったのもそんなに長い歴史ではないんだろう。粋や風流や芸術はもちろんいつの時代もあるし、そこにトレンドもあるものだけど、70年代くらいからの大きな波が転換点に来てるんだろう。そして新しいまっとうな世界や価値観を追求するところにおもしろいエッジな話はどんどん生まれていて、それは別にファッションやアートの雑誌に出てくるものでもない。(もちろん本当のエッジというのはそもそも雑誌に出てくるものでもないので、あくまでちょっと先を行く感覚や情報みたいな話のことだとは思うけど)

で、トークを聞いていて思ったのは、質と量みたいな話。マゴさんは多分ビームスで一番売れる商品を買ってくるバイヤーというよりは、自社の存在の意味を保ち磨くための動きをしている人で、西田さんはBRUTUSを多く売る使命もあるけれど、恐らく部数の拡大が至上ミッションとは捉えていない。人や経済の健全なあり方を考えれば、それは正しくて、質と量が長期的にうまく回っていく感じをちゃんとわかっているんだと思った。例えば僕はマガジンハウスはその事業全体を拡大していくことを目指せばいいと思うけど、それはBRUTUSを20万部売れる雑誌にするというゴール設定をすべきということにはならない。僕らのR不動産も同じような面がある。

今の経済システムは、質より量を追いなさいというルールになっていて「量のためには質が必要だから、そのルールは別に不健全じゃないよね?」というわけだ。それに対して「ほんまかいな」というのが、まあ少し先を行ったセンスという感じか。
質が上がれば量も上がることはあるし、そうでないこともある。量がなくても質がつくれるともいえるし、そうとも限らない場面もある。ともかく質と量は別の話でありつつ、同時に互いに微妙な関係がある。みたいな話を僕は多分考えるのをやめられないんだろう。。



空間の編集権

July 17th, 2012

R不動産でやっているtoolboxというサイトのコンセプトは「自分の空間を編集するための道具箱」ってやつなんだけど、こないだCCCの増田さんは「そう、色んな世界で”編集権の移動”がもっと起こっていくんだよね」と言っていた。音楽でいえば、アルバムのA面~B面のストーリーというのもだいぶ過去の話になってしまった。CDがでてきたときに中2だった僕は、A面の最後の曲とかB面の1曲目というものがなくなることに違和感があったけど、今、ipod, itunesのプレイリストに気持ち悪さはもちろんない。洋服はだいぶ昔からそういうふうに変わってきたし、携帯はフォルムのデザインより楽しいアプリを自分がどう編集し楽しむかということになった。これから本や雑誌がそういう流れで変わっていくだろうし、テレビも徐々に同じことがおこってくる。デジタルの進化、ツールの開発、情報チャネルの多様化、で、ユーザーへの編集権の移動は進んでいく。

空間の話でいうと、とくに都市の住宅においては、外側のハコはiphoneのようにある程度定型化して、中で変化するアプリケーションなりアクセサリーが変化進化し続けるというようなことが一つの流れとして出てくると思っている。スケルトンとインフィルが分かれるという話とは別に、ハコは合理的にシンプルに、中はより人間的に、という方向。建築に比べて内装に関しては、その編集権がユーザーに移動しやすい。もちろん洋服のようにさっと「選んで、着る」というようにはいかないので、編集やインストールする作業はプロの力を借りなければそうそう美しく完結できないんだけど、いずれにしてもプロの役割範囲は変わってくる。情報を得る、選ぶ、シミュレートする、教えを乞う、インストールする、してもらう、アップデートする、直す、いじる・・・そうした手順のあり方が変わっていく。

ユーザーにとっての編集の手立てやプロセスをひっくるめてインターフェースと呼ぶならば、そこに便利で豊かな世界をどうつくっていけるかというのはとてもおもしろい領域だと思う。新たな形やプレーヤがいろいろ出てくるだろうし、新しいかたちのクリエイションやそれをビジネスにする機会・方法もきっと現れてくる。多分この世界はいきなり全てが変わるわけではないし、今までのような建築家やデザイナーならではの仕事の価値は残るけれど、特にリノベーションなりリフォームにおいては、ハウスメーカーやセンスのいい工務店や量販店がそれぞれ力を増す中で、旧来の設計アトリエ的な手順がどうしても割高感を増していってしまうという状況は考えられる。

ともかく編集権がユーザーに移動していくとして、それがどのように起こっていくのかは僕らも鋭意研究中なわけだけどいずれにしてもデザイナーが支配する領域変わり、役割も変わることになる。減る部分もあるし、増える部分もある。後者は、道具立ての開発、つまりコンテンツやアプリケーションをデザインしたり、あるいはインターフェースの構造をデザインするということとか。そして僕らのミッションは、味気ない効率合理主義者たちがこの変化の先を支配しないよう、人間的で豊かな流れをつくること。

僕自身は学校を出るときにそれまで憧れていた建築家になるのをやめたけど、いい空間をつくること・増やすことは、やっぱり諦められないわけで、、自分が設計から離れても、マッチングとか、デベロプメントとか、場づくりとかインターフェースだとか、メディアづくりとか、手段はけっこうなんでもいいんだけど、いいアイデアやこだわりの技や素材がコンビニに置いてあるくらいに誰の目にもふれる状況とか、おもしろいカタチや質感を24時間考えているようなすごい人たちが生み出すものが世の中にふつうに広がっていくような状況をつくりたいなあと。今の情報環境や技術によってそれは実現できる気がする。



つづき

July 11th, 2012

快&楽が続く人生→そのための都市と産業の分散構造→それを担保する価値観や夫婦関係という、だいぶ無理のある話の流れで恐縮ですが・・(しかも深く検証とかしていないので割とゆるいという。。)

まあともかく、社会の自由度が上がると「なんか私たち、生き方がいつも一致するわけじゃないね」っていうことは増えていき、離婚圧力は上がる。ならば「夫婦が一生一緒」が基本であるという現代の常識が果たして今後もベストなのか?という話がつい出てきてしまう。

かつてはお見合いや親の指示で結婚した人も多く、それでけっこう安泰に夫婦関係が長続きしたりしていた。それは社会的な制約が強かったからでもあるわけだが、その制約とセットでそこに幸せなかたちがあった。しかし現代社会というやつは、そういう制約から離れようとしてきた。テレビをつくり電話や車をつくったように、人間は自由度や効率や快楽を求めて変化してきた。技術の進化や民主主義の進化や個人の自由の尊重や女性の社会的地位の進化などなどが、そういう制約を徐々に解き放っている。昔のような拘束あってこその幸せはもうワークしない。

僕が思うに人生のモード選択の自由度が上がることはよいことで、それを前提に、夫婦関係も流動性ベースにふった方がいいのではないか。自分の周りのデキる女たちは「結婚ってマストじゃないんですよね、ほんとに」と考えている人は明らかに増えている。その彼女らも、人間の本能として子供を生みたいという気持ちはあるはずだが、結婚関係の固定化には本質的な意味を感じにくく、縛りがデメリットになるというわけだ。結果、少子化へ向かう。これはよくない。

ここにも答えは間にある。近いものではフランスのパックス制度(準結婚、的な制度。続いてもいい試用期間みたいな感じ)がものすごく受け入れられ、それで子供がたくさん生まれているというのを見れば明らかに思える。一生続けるも幸せ、違いがでてきたらそれぞれの幸せのために前向きに分かれるのもよし、という流動的なかたちが当たり前になれば、倫理的問題はおこらないと思う。もちろん子供が小さいうちは一緒にいてあげよーねという常識感覚やルールはあった方がいいけど、無言夫婦や浮気両親のもとにいるくらいなら一旦ポジティブに解散しようという感覚もあっていい。そのようにふってしまうと意外と今より長続きしたりする気もする(正確には、長続きするマッチングが生じる機会が増える)。で、自分はどうかというと、一生コミット型でいこうとは思ってるけど、強いて言えばパックス的なかたちを自分たちに合ったかたちでカスタマイズするのがいいのかもという感覚。

で、ぎゅーんと話を戻しますと・・
地方の町が健全に維持されて、中心都市もウツ的でない、という状況になるには、政策や政治構造だけじゃなくて、生き方の常識とか、共有するマインドが変わる必要がある。新しいあり方を実践する大企業を国がサポートするのも重要だし、社会的な流動性を上げる仕組みも必要だし、「間」の夫婦制度もあるべきだし、同時に、地方の魅力を実践的に発信する若者のメッセージや、それを皆が共有していくことも大事だと思う。
もう都市計画は地図を描くようなことをする時代じゃないけど、かといってコミュニティ論だけでも政策論だけでもなく、社会システムや価値観の、統合的なビジョン論にならざるを得ない。いろんな視点、分野の人がお互いある程度全体感を共有しながら、多様性を肯定しながら組み立てていく。

僕はもっと都市や地域の色々な幸せなあり方を理解できないといかんなと思いつつ、そんな終わりのない(リアリティすらない?)うんちくをいいながら、周りから「うんちくはわかった。で、お前はいつ結婚すんだYO!」と突っ込まれる日々が続く。



都市論、からの結婚論

July 11th, 2012

最近、地方都市や地域の話に、前より少しずつ興味が出てきている。自分は東京の人間だし、仕事でがっつり地方シフトするわけではないけれど、今後の社会なり経済なり価値観なりを考えていくと自然に視野には入ってくる。(僕らが宿をやってる)新島のあるべき未来は?っていうテーマも個人的にあったりするし。

で、地方といえば、人口と仕事が減って経済縮小、という意味では基本的に厳しいぞということで、そこからコミュニティなり共同体なりの話が出てくるんだけど、いずれにせよ住む場所として維持するためには、仕事をつくれないといけない。仕事というのはザ・資本主義的な意味の仕事だけを意味する必要はもちろんないんだけど、当面マジョリティを占めるであろういわゆる産業というやつは、技術の進化とともに大きな流れとしては効率的集約化、そして都市化が進んできた。もちろん物事というのは、ある方向に進むと逆方向の動きも生まれるわけで(グローバル進むとローカルも、ハイテク進むとハイタッチも・・ってやつ)、分散に向かった動きはあるし、むしろ加速する可能性もあるのだけど。

地理的に見たときにはしかし、全体として産業(と人口)は東京集中がまだ進んでる。人が必要以上に集まりすぎれば、満員電車で疲れるし、土地も高くなるし、ゆえにローンが重くなって人生がどんどんつらくなるはずなのだが・・
なんていうか、広い公園で100人がバーベキューするときにわざわざ真ん中でギューギューに押し合いへし合いしながら食べる必要はないのに、的な。確かに肉を焼いてるところから離れているとウマい肉を食べ損なうリスクはあるんだけど、そこはルール設定というか、焼けたらまとめてグループごとに配っていくとか、はたまた地方分権的に、仕込みまでは一カ所集中でやるけど焼き場はいくつかに分散するとか、いろいろ方法はある。地方にいると情報が少ないとか人材が来ないといった現実はあるのだろうけど、日本の構造はちょっといびつに思える。

基本的に、都市も適度に集中、適度に分散、がいいに決まってる。そのためには仕事の分散が必要なんだけど、伝統工芸とか渋い観光とかいきなり自給自足、だけだとさすがに解ききれず、やっぱりある程度、太い産業の分散がないと厳しいだろう。インテルやナイキがいてこそ素敵に成り立つポートランドとか、シーメンスの経済活動と一体で皆健全に街を愛するドイツのエアランゲンみたいな話や、欧米でふつうに大企業の本社が分散している感じは、東京にいるとやっぱり不思議に感じる。どうしてそれができちゃうんだろうと。

多分、日本人に比べると若干、人生や幸せのあり方を全体的にバランスよく想像する力、をみんなが持てているということがまずあるのだろう。そして、仕事する上でやりとりする相手との距離が離れているのも、不便なこともあるけどむしろ余裕があってこそ仕事もはかどる、的なマインドも共有できているんだろう。その上で、社会の仕組み的にも流動性が確保されているというか、別の都市に行っても技があれば仕事につけるというのがあるから、人生の組み立て方に選択肢がいろいろあると。人生を自分なりにフェーズ分けしていくということもやりやすい。ホームタウンで仕事して、今度はしばらく都心でバリバリやって、奥さんの仕事や子育てのためにまた別の場所にいって、また戻って、でもずっと自分のプロスキルを活かして進化してるみたいな。ハイキャリアの人も地方のホームタウンで質の高い仕事ができるし、企業側も質の高い人材を地方でバランスよく確保することもできるという関係。中心都市での人生も、地方での人生も、それぞれの魅力があって、どちらにも仕事の機会や文化が健全にあって、それをいつでも選んで移動できるというのは豊かな状態だろう。

しかし、そういう分散と流動性が確保された社会では、家族的、夫婦的な問題はおこらないのかちょっと気になる。移動することにバリアがなくて、情報環境や自由度が進化して、それぞれが色んな選択肢を意識すると、奥さんと旦那のモードが違ってぶつかることもあるだろう。そこでお互いに折り合いをつけて一緒に歩めれば素敵だけれど、「あなたはそっちいくのね。私は今はここがいいわ、じゃまた5年後に」という選択の自由もあるべきだと思う。で、そういう状況を想像すると、必然的にポジティブ離婚が増える気がするわけだ。いまのところ僕は、それを肯定的に捉えていく方がいい気がする。(つづく)



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