自分の家

March 5th, 2013

今やっている展覧会「housevision」の中で僕らが提案したのは、自分で編集する家、という考え方だ。これからは既存の住宅をリノベーションするのが当たり前の選択肢になるという前提の上で、ハコをまずはいったん初期化しスケルトンにした上で、自分の暮らし方に合った空間を編集しようというものだ。そこで展示の半分は”編集”の一つの例を形にし、もう半分はR不動産toolboxのショールームのような空間にしている。今回の展示の具体的な計画・デザインには僕自身はほとんど貢献していないのだけど、その背景の思いをちょっと話してみることにする。

僕らが今やろうとしているのは、これからのスタイルはこうだ!と、いわゆる空間のデザイン自体を提示することではなく、「自分だけの空間を創るための仕組み」をつくることだ。見栄が意味を持たなくなる時代には、金さえあれば誰もが持ち得る高いモノや、人が考えたカッコいいものよりも、自分ならではの意味があるモノでなければモノを持つ意味がなくなるだろう。そのための場所(物件)と出会うための「R不動産」の次には、家の中をつくりこむための仕組みとしての「toolbox」ということになる。

あらゆるモノはどんどん人間の手を離れて機械的につくられるようになった。そこでの進化と同時に、失ったものもある。昨日も古いイギリス映画を眺めていて、この頃の家は温かいなと思ったりもした。しかし、だからといって「昔はよかった、昔に戻ろう」というようなことを言いたいのでは、ない。itunesにはアナログレコードの味わいはないけれど、新しい楽しさと利便があり意外な出会いも生まれる。人はいつも未来へ向かう進化と過去の懐かしさと、その両方に魅力を感じるものだ。そしてとにもかくにも進化していく。人は子供の頃には大人になりたいものであり、大人になると若いころはよかったなと思ったりもする。失うものもありながら、大人の世界は広がって行く。大事なのは、大人になっていっても本能や遊び心を失わないことだと思う。進化は続いていくけれど、この先の未来は人間性を無視できない。

自分のための空間は、自分だけのものじゃないかもしれないし、一つじゃないかもしれないし、ずっと持ち続けるものでもないかもしれないけれど、その時の自分にとって意味があるものであるべきだし、そして五感に触れるものであるべきだ。忙しくて便利すぎる今、そういうものをつくるのはなかなか大変で、だから仕組みが必要になる。いいアイディアが共有され、定番モノもハンドメイドも同じように出会え、ウソのない情報があり、楽しく少しずつ編集できる・・そうして愛着やストーリーが生まれていけば、僕らはもっと気持ちよく生きられる。。そういうことがフツウに起こる世界へ進化するために、知恵とテクノロジーを活かしていかないといけない。・・とか、言うは易し、だけど。



ゆたか

February 24th, 2013

目黒と恵比寿の間に「ゆたか」っていう店がありまして、別に大してうまいわけじゃないのですがたまにいくわけです。さほどうまくもないのに食べに行くっていう感性、どうなの?とか言われそうですが、まあ理由がないわけでもありません。

このあたりで夜に一人でいわゆる定食的なものを気楽に食べたいと思ったときに、近頃はそれがあまりないのです。例えばナス味噌炒め定食850円。こういういわゆる定食屋がないわけです。

おばちゃんというかおばあちゃんというか、そういう意味では妙齢な女性に注文をすると、はいよっと腰をあげて台所に行き「トントントン」と茄子を切る。この音がとてもよいのです。テレビの音と、なぜかプロレスのポスターと、トントントンの組み合わせ。まるでおばちゃんは息子につくるような気分なんじゃないかとか、そういう感覚になるわけです(多分いちいちそんなこと考えずに作業してるんだけど)。

そういえば白金商店街の脇にあった僕らの最初のオフィス(というか7坪の倉庫)の近くには洋食ハチローというのがあって、近所に工房のある友人のひょうどうひでと(アクリルのデザイン職人)が週刊ポストとか読んでるみたいな感じが、その前は日比谷や汐留で働いてたこともあって、当時けっこう気に入っていました。それはどうでもいいとして・・

ゆたかのおばちゃんもきっと何十年も同じことをしているから、周りの飲食店のレベルが上がってまったくもって取り残されているのは事実でしょう。客も多分減ってます。地方にはこういう店はいくらでもあるし、いつも行ってると別になんでもないわけなんだけど、都心に住んで、外さない店に行こうとついグルメな友達のお勧め店に行ったり、食べログとか確認したりして生きていると、なんでもない定食屋に行くということには別の意味があるわけですね。

大戸屋のメニューもよくできてるんですけどね。ラミネート感がちょっと・・定食屋というものの基本的な価値を損ねる面があるんですよね。建物も一緒で、完璧な数奇屋も、建築家の超創造的な空間も好きだけど、家に求められるものはわりと、あえて魅せたり考えさせたりしない「ほっとする」というやつがあると思います。

思いのこもった個人の新しい店づくりでも、あるいはチェーン店でも「トントントン」な感じとか、それに通じる価値、つまり、ほっとする、というやつを、感動とどう融合するかが、自分にとっても進化のヒントの一つなのかもしれないなどと思って昨日もゆたかを出てきました。



わが師匠

February 23rd, 2013

僕の偉大な師匠の一人、江副さんが亡くなった。29歳の時に出会い3年ほど近くで仕事をした。いろいろあったけど、チャーミングな人だった。

人がやらないことをやるんだと、いつも言っていた。新しいニーズに答える美しい建物を創るというテーマに、僕ら若い連中は乗っかり、夢中で仕事をしていた。

SD社の面接のときにオーナーである江副さんがくれた文章を読んで、僕は彼の元で仕事することを即決した。あの頃、建築やデザインにあれほど思いのある連中が集まったディベロッパーは他になかったし、そんな連中が百戦錬磨の不動産先輩たちとがっぷりチームを組んでビジネスと建築の間を追っかけていたのはアツい風景だった。(中でも特にヤケドしそうにアツかったのがいわゆるよっしぃである)

江副さんが毎月みんなに向けに書くテキストを読むのがいつも楽しみだった。ふだん話すときは理屈っぽい話は全然しないし、むしろ何言っているかよくわからないことも多かったが、文章は常にクリアだった。考えはどんどん変わるが、いちいち納得がいった。大事なことはしつこいくらい繰り返し言っていた。事業・経営を、ロジックというよりストーリーとして語るその語り口から多くを学んだ。

事業に巻き込みたい人がいればその気になるまで口説いていた。若者が、そして強気で元気なデキる女性が大好きだった。ユニホームシャツを来てみんなとワールドカップ観戦したり、安比高原合宿でカラオケしたり、そんな時間も彼はすごく楽しんでいた。僕らが赤坂にあったゲストハウスを「勉強会」と称して借りてクラブ状態にして遊んだりしてたのも、もし江副さんが現場にきてもきっと怒らないとわかってたからだ。

会社をやめますと言ったときは「そうですか。ぜひがんばってくださいよ。君、(不動産)開発もいいけどね、リノベーションやるといいよ」と言われた。この人どんだけ見えてるんだ・・と改めて思う。

やっかみ社会のシステムは彼を悪者にした。ある意味不器用で、やりすぎちゃったのは事実だが、同時に大いなる犠牲者でもあった。ともかく彼は世の中に新しいコトを創り出し、人が挑戦して成長する機会をいっぱい創った。

当時SD社に集まっていた面々は、志高く常に前向きで創造的でチャレンジ精神のある人たちだった。18歳で東北からやってきた社員も、院卒の小難しい兄ちゃんたちも、ごりごりのおっさんも、本当にフラットに互いにリスペクトしながら明るくがんばる組織だった。

今お世話になっている僕の多くの尊敬すべき先輩や仲間たちが、SDやリクルート通じて江副さんの考え方を受け継いでいる。江副さんは僕にとって、そんな人たちとの出会いをつくってくれた人でもある。

ある考え方を力強く示すと、同じ考え方を共有する人たちがそこに集まってくるんだということ。それが彼に学んだ最大の教えだと思っている。



振り返り

December 31st, 2012

今年は割といろいろな”初めて”があった。初めてフルマラソン走ってみたり、初めてマンション買ってリノベとかしてみたり、ふとジャズピアノなど習い始めてセッションもさせてもらったり、ブログなるものもやってみたら思ったより意味があった。仕事の方では、やろうとしていたことに思ったより時間がかかった感もありつつ、想像していなかったいくつかの出会いや展開もあって、いい具合の緊張感やワクワク感をもって年が終わる。

真面目な話で言えば、やっぱり原発論なんかを見ていて、社会が全体としてどうなればいいのかな、というようなことを結構考えさせられた。世界もそこそこ行くとこまで行ったのかなという感覚もありつつ、まだまだ進化はこれからだなというのが一旦の結論というところ。自分の理解としては、効率的であることを合理的と呼ぶ世界から、人間的であることが合理的になる(=理にかなう)という世界へのシフトがぐっと進む局面に入ったなという整理をしている。ある意味でのやりすぎや行き過ぎを経験して、僕らにとって幸せのコストパフォーマンスの構造が変わり始めたという感じ。ゆえに進化は次のステージに進むと。

今はもう昔みたいに殺し合いとか奴隷とか侵略とか独裁とか男尊女卑が幅広く正当化されてるような状況はなくなって、多くの人が自由を得たのは事実だし、昔みたいに貴族だけじゃなくて(少なくとも先進国では)普通の人がアートが好き☆とか言えちゃうようになったのも、技術や社会システムの進化ゆえだろう。一方で問題もいっぱい出てきたわけだけど、それに対する人々の意見も共有されて、昔に比べればよほど解決しやすくなっている。進化への疑念が生じる時代、みたいなことも言われるけれど、達成してきたことの裏返しとして生じた問題を解いていくというところに、この先の、次なる進化があるわけで、それは人々の価値観の進化と技術の進化と新たなアイディアが一緒に支えて行くということだろう。古き良きとか昔はよかった、みたいなことを感じることも色々あるけれど、それを守ったり取り戻すことも、これからの進化の中での作業になる。経済、というか価値交換のシステムも、多様な価値観や状況を包含できるように進化が起こるだろう。等など。

数年前の僕はクリエーターにもビジネスマンにもなりきれない自分、みたいなものに自信が持てず、立ち位置を整理することにだいぶもがいていたのだけど、この一年くらいは、ビジネスを発展させる事と社会の本来あるべき姿の関係みたいなものを整理しようとしていた感じが若干あった。そもそも大した”ビジネス”をしているわけでも規模拡大しているわけでもないし、投資家に対するミッションとかを負っているわけでもないので、そんなことに悩む必要もなくシンプルにいけばいいのだけど、つい考えてしまうたちなので・・

でもそれもだいぶ整理されてきた。これからは、人間的にまっとうな価値を創造するという軸での生産性を高めること、社会の総体としての幸せのコストパフォーマンスが上がるという意味での進化を後押しするようなビジネスを発展させることは、当たり前に理にかなうと。僕は快楽主義的な人なので、社会を良くする仕事、みたいに言ってしまうのはどうも合わない感じがあるので、しいて言うなら「社会に支持される事業(ビジネス)を楽しく創っていく」ということ。今の時代はもう、それが全てをまっとうに解いてゆく正しい進化となる時代に入っていると思う。抽象的だけど、そんなわけで来年はビジネスマンとしての自分を楽しむことにします。

あと、松井が引退に際して「チームが勝つために何ができるか、だけを考えてきた」と言っていたけど、彼は本当にそうだったんだろうなあと感じて、そのかんじを忘れないようにしよう、と真面目に思ってみたりしております。



メディアとか

November 14th, 2012

数日前に東京ピストルの草なぎくんが家のカギをなくした話がfacebookで盛り上がっていた。流れをかいつまむと、カギをなくして家に入れず外泊、翌日不動産屋でスペア借りて開け、でもその日にまたそのスペアもなくしてまた外で一泊、カギ交換しかないけど特殊なカギだから2週間かかると言われ、PCも家にあるから唖然、でも結局その日にエレベータ会社が開けられた!みたいな話。彼の語りとキャラもあいまってなかなか秀逸だった。あと先週は大学の売店のおばちゃんが間違ってプリン4000個発注しちゃってめちゃくちゃ困ってたら学生がどんどんバズって買い支えて、すごい売上立っちゃったって話があったけど、こういうのも好き。失敗をみんなで支えて解決したり、みんなで学んでみんなで笑う、というのはいいなと。

それを思い出して一人ブレストしたのが、生活上のあらゆる「失敗と対策」がたまっていってみんなで使える情報媒体みたいなもの。携帯なくした!とか、遅刻して言い訳必要なんだ!とか、醤油入れるつもりがバルサミコ入れちゃった!とか、何でもいいんだけどトラブったらそこにいって、yes/noとかたどっていくとだいたい何でも解決できるみたいな深い構造になってて、みんなでアップデートし続けるウェブ辞典みたいな。個人の知恵だけじゃなくて商売の人も登録してってレビューもたまるとか。途中から課金する形とかにしたら、困ったときだからお金高く払ったりして、それっていわゆる足下(見る)ビジネスだなあとか。そういうのってもちろん信用が大事だから、情報の質を担保するためにリアルに汗をかく人は必要だよなとか、意外と真面目なNPOが運営したりして、とか。
実際はもっと目的絞らないとうまくいかない気もするし、別にgoogleとFBやtwitterでいいって話な気もするけど。まあこういうこととりあえず考えるのが趣味みたいなものでして。。

ちょっと話は違うけど、昨日とあるミーティングで雑誌社の方と話していて改めて思ったのが、雑誌もitunesみたいに、記事ごとページごと写真ごと、に買えるようにならないのかなということ。先週は遅ればせながら初めてipadで雑誌を一冊ごとに買ってみたりしたけど、やっぱりどうも気持ち悪い。本や漫画ならタブレットめくるのもいいんだけど、雑誌だと紙を画面に置き換えている感じが尚更しっくりこない。誰々さんの連載記事をまとめて買いたいなあとか、NY行くなら色んな雑誌の最近の関連記事をまとめて買えたらいいなとか素直に思うし、住宅リノベの仕事なんかでも、設計者もお客さんも色んな雑誌積んでたくさんポストイット貼ったりしてるのを見ると、今の時代にはどうもしっくりこない。僕は電子書籍の流れとかほんとに詳しくなさすぎるので、どうせけっこうあるんだろうと調べてみたら、そういうバラ記事購入とかは、全くないわけじゃないけどまだほとんどない。

権利関係を解くのが難しいのは当然だし、収益構造が厳しくなると考えるのが自然ではあるし、既存事業の形とのコンフリクトもあるだろうけど、そろそろ雑誌も、最初からバックナンバーコンテンツの電子バラ販売を前提に、仕組みや編集、権利の構造なんかを組み立て直していった方がいいんじゃないか、成立する方法って本当はあるんじゃないかと思ったりした。単にウェブ前提にシフト、みたいに考えていくとそれってウェブマガジンじゃんとかいう話になるわけだけど、なんとなくウェブメディアというとウェブ前提の収入イメージからコンテンツコストを設定してつくる感じになる。でも紙でしっかりつくっている雑誌が濃い内容をつくって出しつつ、半年後あたりから過去記事をうまく細かい単位で課金して売ったらまあまあ儲かるような気がしないでもない。その場合は出版社が各々というよりは誰かがとりまとめてプラットフォームにすることになるのかな、とか。
まあどうせ「そんな簡単なことじゃねえ!素人が!」と言われる話なんだろうけど、一度それはそれでどういう構造なのかきちんと知りたくなっているので、誰かよくわかっている人に教えてもらえたら嬉しい。このあたりは今後勉強してきたいところだし、何かある気がしている。

自分の仕事寄りで言うと、空間設計の世界では、おもしろいアイディアほどいっぱい広がる方がいいのに、設計者の名前がついて雑誌とかに載ったアイディアは、似たことやるとパクりだと批判される、ということに違和感を持っている。音楽なんかでももちろん同じことはあるんだけど、空間は音楽と違って複製流通しにくいので、少し違うはず。意匠権ていうのもあるけど、超めんどくさそうだし。これから設計者のビジネスモデルは変わらざるを得ないので、いいアイディアが自然に広がって、そのアイディア出した人が価値相応の報酬を得られるようなかたちを考えたいというテーマを持っている。多分、ネットとかメディアとかの仕掛けと、価値評価と権利構造の仕組みとかを組み合わせて解いていくのだろう。それを楽しくおもしろい形で何か事業にできないかと思っている。リアルな空間を快適に人間的に保っていくためにも、デジタルなりメディアなりの流れにはきちんとついていってアイディア出していかないと、その目的が最終的にうまく果たせなくなるし、同時に自分は役立たずになっていくという危機感を持っている。



離島論

September 30th, 2012

諸々の経緯は省略するけれど、3年前に仲間と宿をやることになって、行ったり来たりしているうちに、新島という場所は僕にとって特別な場所になった。その自然、人の素敵さ、コーガ石の家々・・魅力は色々あるけれど、東京なのに驚くほど静かな空気が流れ、商業的なものが少ない素朴な風景に、とにかく魅了された。最初は、好きな場所に自分たちの居場所をつくることや、宿をつくって人を呼ぶことへの興味から始まったのだけど、少しずつ、島の未来を意識するようになってきた。雇用が減ったり、テトラポットが増えて海の風景が徐々に変わっていったりと、気になる状況が目につく。どうすればこの島に安心と希望に満ちた未来が開けていくのか。島の人たちと話したり、財政の数字を調べたりする中で、それがかなり大変な課題だということはわかってきた。

問題の構造はこうだ。数十年前は離島ブームで観光収入も多く、人々は問題なく暮らすことができ、新しい家もいっぱい建った。その後少しずつ来島者が減り、観光産業の状況は大きく変わった。よりマクロな構造としては、この数十年で世の中のあらゆる産業がグローバル競争の中で集約化・合理化が進み、離島という地理的前提の不利がどんどん際立つようになり、地域産業の成立構造はどんどんシビアになった。そうして他の離島と同様に、2600人が食べて行くための経済構造は、徐々に公共の建設事業に頼る度合いが高まった。そしてここへきて、今後公共事業が同じ規模では続かないことが見え始め、同時に高齢化も進んでいる。補助金や公共事業なしで自立しよう、なんてことがどれほど難しいことであるかは調べればすぐにわかる。

今いきなり港の整備工事やその他の公共建設事業が仮に3分の1になったら、明らかに島の経済は立ち行かなくなるだろう。恐らく島民の半分は島を出て他の場所に仕事を探しに行くことになり、残った人の生活レベルは大きく下がり、現代における常識的な範囲の暮らしができなくなるかもしれない。暮らし方を変えればいい、とか、一次産業をがんばって自給率も上げて地域の資源を育てて行こう!と言ってすむようなものではない。とはいえ構造転換は当然に必要であり、その未来の構造のデザインを何とか描いていかなければいけない。いわゆる就職先、でなくとも、ここに住む人の”シゴト”は存在しなければならない。

この島が今後も美しくあってほしい、そして経済的にも成立し、ここに生まれ育った人たちが、ここに住みたいと腹をくくって思ったときに、贅沢でなくとも人間的に住めるような場所であるべきだ、という前提に立ったとき、今のままではそれは維持できないように思える。世の中の技術が進歩すると、離島にとって産業的な競争力は下がる方へ向くという構造は、例外はつくりえるとはいえ、マクロ的にはそう簡単には変わらない。みんなが自給自足でいけるかというと、それは100年前の生活に戻ることが前提になるような世界であって、それがいやならここを去れ、というのも早計すぎる。

まだまだ抽象的なレベルだけれど、僕は一つの仮説を立てている。それは、よく言われる「地域資源に注目せよ」というものを少し広げて考えたものだ。簡単に言えば、ここは地元の人の生活の場でありながら、東京首都圏の人のための、一つの公共性を持った場所、例えて言うなら「公園」と考えてきちんと島をデザインしていこうというものだ。今後も産業の都市化は全体としてはまだまだ進まざるを得ないのが現実であるが、そのとき都会の人たちの日常は今と同様あるいは今以上に息苦しいものになる可能性がある。そのとき、離島は大都市圏と組み合わせとして価値を持つ。高密度のマンハッタンの真ん中にセントラルパークがあるように、東京には、都会の風景や時間と切り離された島があるということは絶対に価値がある。それは単に静かで癒される風景や空気だけでなく、都会の人が人間的な心を取り戻すための様々な「体験」まで含めたものである。そしてその提供が島の人たちのシゴトになるようなイメージである。

新宿御苑の植栽管理をする人たちの給料を、税金でまかなうことに異論を持つ人はあまりいないだろう。もし例えば新島が都会に住む人たちにとって本当に価値のある空間や体験を提供することができれば、それに一定の税金が払われることも理解されるはずである。少なくとも、本来必要がないような公共工事における原材料費を膨大に払うことよりは安く済む話である(今の工事が不要だと言っているわけではないが)。新島は、本州本土の郊外・田舎とは異なる価値を提供できる潜在力を持っている。その価値は離島ブームの頃のそれとは違う、島の多くの人(恐らくは役場の人たちも)がまだあまり理解していない価値である。もちろん、そのためにやることは色々ある。必要なのはビジョンと感性と努力、そして先見的な判断である。

ただ、未来のあるべき構造が具体的に見えたとしても、いきなりそこにシフトすることは難しく、ある程度の時間をかけていく必要はある。今、島の建設会社も島の雇用を支える使命もきっと感じながらがんばっているわけで、単に建設から他へすぐにでもシフトしよう等ということは答えだとは思いにくい。シフトの手順として一つ可能性があると思うのは、10年20年後のビジョンを描いた上で、まずは土木的な投資を一気に減らすのではなく、まず土木投資の”中身”(まずは、額でなく)を変えて、未来象に向けての準備としての投資をしていくことではないか。それがどういう内容であるべきかを考えるところには、都会の人たちの創造性も発揮すべき部分がある。実際、今の新島はその自然資源を、来島者が見て感じることが極めて限定的にしかできないインフラ的状況がある。ここには、建築家とかランドスケープとか、そういう人たちにできることもあるはずだ。離島の個別の未来像を真剣に考えていく中で、地道なアクションや、コミュニティの話や新しい生き方の話とともに、ハード(建物ではないかもしれないが)のデザインの課題も未だあり、それは経済構造や価値観シフトの話と完全に同時的に考えいくべきものであると思っている。

まだまだ全然”わかっていない”よそ者の感覚でいい加減なことを言ってはいけないとは思っているけれど、自分の中での一つのテーマとして、人に考えを話して反論を受けたりもしながら、少しずつでも理解を深めたりアクションがとれればと思っている次第。



人生価値

September 23rd, 2012

5年ほど前、とある大先輩に相談ごとをした時に言われたことがある。「人はみんな各々の人生の価値を最大化すべく努力したり決断していくものだ。そこに一定のエゴがあるのは当然で、それを悪いことだと過剰に思う必要はない」と。僕の中にその言葉はかなり残っていて、時々思い出すし、少しずつ自分の中で解釈を加えている。

自分の人生価値を最大化しようとするとき、そこにある自分の欲なりエゴなり希望なりが、他人の人生価値を明確に損ねることが明らかである場合、そうした行為は否定するというのが法律や道徳である。10代の女子が同年代の彼氏をいきなりフるのは、相手の人生価値を長期的には損ねるわけではないので、道徳的に否定されるものではない。自分の人生価値が、他人の人生価値とすごく連動する人は「いい人」と言えるだろうし、逆に、他人の人生価値が下がった方が優越を感じて、自分の人生価値を上げる、という人は「いやなやつ」ということになる。

ところで人生価値とは、自分の最終的な人生への満足度なのか、あるいは自分が楽しいとかつらいとかとは別に、世界に貢献した度合いのことを言うのか、言語的にはどちらにもとれるのだけど、ここでは前者の意味で言っている。自分の人生価値の指標が、世界に貢献した度合いという指標と重なる人は「偉い人」。「いい人」はむしろ、身近な人の人生価値と自分の人生価値が連動する人という感じだと思う。

わりと最近、Incognitoのライブをのぞく機会があり、なんか気分が大学時代までさかのぼって楽しかったのだけど、リーダーのブルーイ(だいぶおっさんになった)がとても素敵だった。震災後の日本を心配応援する言葉を言うときの彼の顔に嘘はなかったし、「みんな音楽を好きでいてくれて嬉しい、これからもずっと音楽を大事にしてね」と何度も言う彼は、一人のミュージシャンとしてだけでない視野を持つに至ったように思えたし、僕らのメンバー紹介するよ、United Nations of Incognito !と言って世界中から集まってる若者を丁寧に紹介している彼は自分も本当に幸せそうだった。そうして自分は目立ちすぎることなくチームを後ろからしっかりまとめている。いい人であり、偉い人、に見えた。

自分はどうかというと、あんまりいい人でも偉い人でもないということを自覚しているのだけど、まあそこはここで深堀りせず自己研鑽を積むとして、仕事のスタンス論に関して言えば、「得意な領域(=貢献できること)」と「楽しい/やりたいこと(=自分の好奇心の対象)」という2つの輪っかがベン図みたいに一部重なっていて、結果的に、その重なっている領域で仕事をするようにしている。それが結局、自分の人生価値をできるだけ高めるための自分なりのフレームと言うこともできる。

自分の場合、生活空間を皆が自分でこだわったりワクワクするようになるために何があったらいいかというのがいつも主題であり、それは人々の人生価値をプラスにすると信じていて、で、その中で自分の貢献度の高いことをやるということになる。得意なのは、一つ一つの空間の形をつくるよりも、人が色んな生活のシーンをつくっていくための場のアイデアと場づくり、あるいはさらにその中の一部だと思っているから、そこに集中する。ライフスタイルっていう言葉はどうしてもおしゃれのトーンみたいな意味を帯びてしまうところがあるので、あえてカタい言葉に置き換えると生活様式、僕らなりの生活様式の提案を、場作りを通してするのが仕事。ちょっと風呂敷広げて言えば、豊かに生きる方法の提示や発明がしたいのであって、現代・未来の世界の諸条件の中で、皆の人生価値を維持し、上げるような生活様式をつくること、そしてそれが自分の人生価値も上げるようなかたちでやっていくと。
ふぅ。ものすごくかっこつけて言うとこんな感じになるのかな。。またそんな回りくどいうんちくで人生考えるのかよ、と言われそうですが、そういうサガなのです。



コンサバ

September 20th, 2012

久しぶりにフランスとスペインの街を何カ所か回っての雑感もろもろ。

・相変わらずヨーロッパ都市の中心街の風景は、変わらない、崩れない、美しい。
 コンビニない、スタバもあまり増えてない。

・ヨーロッパの意匠をひたすら守っていて、昔から、他の国からの輸入にあまり興味がない。
 プライド高く、コンサバティブ。そして、ある種の退屈。我慢は強さ。
 日本は輸入の歴史。コンプレックスがあるのだろう。

・同じ美学をずっとやってるから、誰でも一定のレベルでできるようになってる。
 田舎の爺さんでも、きれいにまとまった店をつくる。
 コードの共有と伝承。手本て大事だよね。

・日本はそのような同じ美学による統一でなく「異質」をどんどんやっていけばいいと思うけど、
 ある種のコードは誰かがつくるべき。コード開発と異質追求と、両方。
 建築家も、前衛・異質をやる人と、コードや手本やる人がいないといけない。半端はいけない。

・パリというのは街全体が世界の表参道って感じ。
 好きだけど、どこいっても全部オモサンだとちょっときつい。
 でもここにはいわば青山が好きな人が集まってるから、これが保たれていく。

・例えば歌舞伎町とかあまり好きではないけど、あれが落ち着く人もいる。
 いろいろある東京はいいなとは思う。ただ、中途半端も多い。もっと色んな濃さができたらいい。

・いずれにせよヨーロッパのコンサバ風景は価値あるものだ。
 これから経済戦争で劣位になって、侵略されて壊されないように願いたい。

・なんか、建築の意匠ってテーマとしてはだんだんきつくなってるというか。
 車も携帯も、形態(だけ)の追求ってもうコアテーマじゃないように、建築もさすがに。。
 意匠中心にで勝負できる・勝負すべき機会はごく一部。
 そんなことを感じた。



楽しい晩年論

August 25th, 2012

我ながら意外なことに、最近ときどき「将来」のことを考えるようになってきた。もうそれなりの年なので、将来というのはつまり65歳とか、そういう話である。自分は今は割と自由にやりたい仕事をやって、若干ユルくも楽しい日々を送っているけれど、もっと着実で大人っぽい人生を選べた瞬間は確かにあった。かつての同級生や同僚の中には立派な会社で大きな仕事をして、キャリアを積んで貯金もきちんとたまっていそうな人たちがいる。基本的には彼らは、暑いからといって短パンで自転車で移動しながら仕事したり、思いつきで儲かりもしない仕事を始めたりはしていない。大きな組織の制約やプレッシャーの中でストレスも感じつつも、プロ意識を持って進化して、充実しているはずだ。

そういう友達に「でっかい仕事して、すげえなぁ〜」と言うと、「いや〜なかなか大変だよ。お前は好きなことして楽しそうでいいな〜」とか言われたりする。ぶっちゃけ、「YES!稼ぎとかは大したことないし、世の中のど真ん中にはいないけど、きっとおれの方がハッピーなんだぜ!」と思ったりもするんだけど、実は一方で「でも・・65歳になったときにはどうなんだろうか・・」ということを少し想像するわけだ。もしかすると25年後の僕は、割と楽しげな仲間は色々いるけど、好きにやってきた結果として、貯金もなくなっちゃってて、不安な老後を目の前にし、もっとキッチリやってきた人たちは安心な老後を迎えるのかもしれない。そのときになって「うわあ!こういうことだったのかああああ!」と後悔したりするんだろうか? それが一つ。そしてもう一つは子供。既に友達はみんな子供がいて幸せそうにしているが、自分は子供を絶対に欲しいというわけではないこともあって、子供のいないじいさんになる可能性はそれなりにある。息子が遊びにこないじーさんになって、娘や孫と集まって新年を迎える周りのじーさんをうらやましく思って、「うー、寂しいよー!」となるのか?とか。

まあ子供に関しては流れにまかせるとして、とにかく仕事に関してはもう、やりたいことしか絶対できない身体になっている(会社つぶれたりしない限りは)。僕は多分割とラッキーな人間だと思っているので基本的に不満や後悔はないんだけど、将来の安心を重視して計画したりしてはこなかったことは確かだ。今後も今のノリのままでやっていくのがいいのか、少し将来の安心を重視して生きていった方がいいのか。今の結論としてはしかし、少なくとも自分の場合は、やっぱりやんちゃに今の充実やワクワクを優先していくのが絶対に良いと思っている。なぜか。

僕の場合、例えば65で仕事をだいたい引退したとすると、70ちょいまでゆるく旅しながら本とかいっぱい読んで死ぬ、くらいがいいな、というのがまずある。そのくらいなら仮にあまりお金とか溜め込んでなくてもなんとかなるだろう。でも、そのときになって意外と、まだまだ生きたい!とか、死ぬなんていやだ!と思っていたり、はたまた「そもそも自分で死ぬって無理だし、やけに健康なんだよね。困ったことに」ということもありうる。

その場合、仮に80歳までいわゆる老後を過ごすシナリオを考えるとすると、まずどんな住み方をするのか。とりあえず寂しい暮らしはいやだから、多分、家はシェアを考えるだろう。一人でも、奥さんやパートナーと一緒であっても、僕は周りの楽しい爺さんや婆さんを巻き込んでシェアすることを考える。で、おれはもうすぐ死ぬぜ!とか言いながら酒飲んだり、仲間と順番に下手なギターソロとかキメてウォ〜と盛り上がったり、苔盆に凝ってみたり野菜つくってみたり、爺さん同士てテレビで美女の批評して喧嘩したり、名作映画見て泣いてたりする。そのとき住む家は多分、今のR不動産的な物件であって、決して公共施設っぽい老人ホームではない。庭があればいいけど、マンションだって木賃だってかまわない。とにかく楽しげで、居心地のいい空間がある。DIYもしてる。人数は7〜8人くらいがいい。爺さんだけじゃなくて40代くらいの独り身の女性なんかもたまに混じってても楽しい。徒歩5分圏内にまた似たような場所があって、行き来しながらたまに一緒に七輪とか囲んで飲んでいる。そこには時々仲間の孫が遊びにくるから、そのときは自分の孫のような気分でかわいがる。時代遅れの爺さんといえども、それまでさんざん好きでやってきた仕事から得た経験・ノウハウを若者に伝授する私塾とかやるのもいい。その頃にはキーボードは打てなくなってもネットで色々できるはずだし。それで少しはこづかいになったりして、それでお手伝いのお姉さんに来てもらって、たまにはこっちが旨いものでもつくって一緒に盛りがり、古いギャグかましてあきれられたりする。自分が本当に寝たきりになったり死にそうになったらそのままバイバイという方向で対処してくれるよう周りに仕切っておく。ともかくそんな感じで、多分寂しくない自信はある。

ところでそんな家のことを考えていくと、今まで自分では当分なにも提案できないと思っていたお年寄りの世界に対しても、何かおもしろいことができる気がしてくる。リアルに自分のニーズを考えていくと、もっと楽しい空間つくればいいじゃんと思えてくる。クリエイティビティが活かせるところは色々あるはずだ。まずは、ロックでハッピーな爺さんのための共同住宅、といったところ。(誰か、やらない?)で、意外にそれを本気でやったら当たってしまって金持ちになっちゃったりするかもしれない?が、そんなことはどちらでもいいのだ。いずれにしてもハッピーに死んでいける、そういうズルいコンセプトであり戦略なのだ。

「医療にかかる金ってのもあるんだぜ。のんきなこと言ってると後悔するぜ」と言われるかもしれないが、そもそも無理して長生きする必要がないように今を生きる、という話なのだから大丈夫なのである。はたまた「年老いたらそんなやんちゃっぽくできないよ」と言われるかもしれない。でも多分そうでもない。今もロックな爺さんたちはいっぱいいる。自分自身、子供の頃に思っていた40歳の自分よりも、実際なってみるとそれははるかにやんちゃで楽しいものだった。ともかく将来に楽しいイメージを持つことは重要だ。それを世に示して広げることもいいことだ。それによって人々はより良い方向に動いていく。

だけどそのために、今は楽しくがんばらなきゃいけない。そうでないと仲間もいなくなっちゃうし、がんばらないと周りや若者に何かをGIVEすることのできる爺さんになれない。技や知恵や経験や、最低限の蓄えくらいは持って、同志たちと充実した日々を送って、悔いなき晩年をすごし、そのときがきたら、少し早めに、笑って死ぬ。
そんな感じがいいなと思っております。



肉野菜炒め論

August 15th, 2012

僕は肉野菜炒めが好きだ。最近は火曜日昼の定例会議の出前はカオマンガイが続いているけど、そのうちまた以前のように近所の中華「湖瓜」の肉野菜炒めの時代が復活すると思っている。肉野菜炒めは、当たり前だが肉があって野菜があってご飯があって、そのどれもに意味があり、喧嘩することなく混じり合うものである。人間というのはだいたい、肉と草と穀物をうまいことミックスして食べてるわけであって、ある程度進化した世界において、肉だけとか草だけで生きていくのはなかなかツラいものだ。

で、最近なんとなく、肉的な価値観と草的な価値観がぶつかっているような感じに違和感を感じることが多い。ここでいう肉的というのは20世紀的・資本主義的なベースというか攻め系というか、あるいは科学的であったり合理的であったり、なんとなくそっち系で、草的というのは、もっと根本的に人間のまっとうなあり方を考えようぜ寄りというか、そんな意味である。昔からいつだってある図式ではあるけれど、最近の原発論あたりで内田樹氏とか坂本龍一氏とかが池田信夫氏的あたりとぶつかる感じとかを見て、なんかもうちょっとうまいこと混ぜ合わせて炒められないもんかなあと思ったりする。

日本人はこれから新しい価値観とか匠の技をさらに深めてうまくアピールもすべきだし、一方でハイテクもビジネスの攻めもやっていかないと現実的には大変だ。いろんな人がいて、その層の厚さや多様性が存在感になっていくのがいいし、同時にそこでは野菜を前提とした肉のふるまいも、その逆も両方必要であって、さらに謙虚で主張しすぎないご飯とあいまって美味しい調和を生んでいけばよい。ただここにはいくつか問題があって、一つは、肉好きは野菜も食べるけど肉を食べない人は食べないという状況、つまり草系は割とがんこに閉じる傾向があるということ(言うまでもないけど、自分がベジタリアンにネガティブとかではなくて、たまたまの例えですのであしからず)。そして、いまも恐らく日本では主流である肉寄りの欲望や幻想をベースとする人々の、ゴールやあこがれの指標が時代の現実とずれているということ。

ある本で原研哉さんが「デザインとは欲望のエデュケーションである」と言っていて、さすが先生しゃれた表現しはりますなぁと思った。欲望はとかくルーズに拡散していくものだが、それにケジメをつけつつ健全な方向に導くのが文化であり、デザインはそれをサポートするのだと。それはモノだけじゃなく、社会システムも産業も、そして価値観とか教育にも多分あてはまめて考えることができる。アジアではこれから肉サイドの欲求がものすごい勢いで膨張してくるだろうけど、さすがにそうなると大変なことになる。先進国は自らの反省もふまえてそれをうまく健全な方向へ導くベクトルを立てるのがよいわけだけど、そこでは贅沢とか”一流”といった肉系ゴールにある指標やイメージの変更が必要になってくる。今まで自然的人的な資源のフロンティアを見つけて実現してきた貴族的な贅沢というやつも、それらのフロンティアがなくなって世界中のコストがあがり、イノベーションもそう簡単に全ての問題を解ききれないという時代に入って、さすがにあこがれの対象としておくわけにもいかなくなってくる。そこで提示される新しいイメージや評価軸のようなものが共有されていくには多分うまい言葉が必要で、そこではコピーライティングのような、クリエイターの出番もある気がする。

ちなみに僕は実はかなり貪欲な人間で、だからこそ欲望や選択をかなりマネジメントしている。基本的に、日常をわくわくして生きることや死ぬときに後悔しないことに対してかなりの執着があるため、それに対してけっこう戦略的にやっている。物質的あるいは地位的に高い方へ行きたいと思うと本来の自分の欲が満たされなくなるから注意するし、安定するとむしろ先が恐いからそこから離れるようにもしている。同時に攻めのビジョンもきちんと組み込むように心がけている。個人的には肉野菜炒め的バランスを維持しながら、楽しそうで世のためにもがんばってるおっさん、でありたい。

ともかく、肉がメインストリームで草がそえてあるステーキ時代は終わりつつあるわけで、ならば最高に美味しい肉野菜炒めはどこにあるのか、そのレシピはどこにあるのか、それが問題だ。少なくとも当面は。個人的には、最近そのレシピのヒントを色々感じたのはオリンピックだった。



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